はじめに
日本は世界に名だたる長寿国となり、介護は今やだれにでも身近なものとなりうる時代です。
介護のきっかけになるひとつに「認知症」があります。認知症に関する情報は、高齢化が進むとともにテレビや雑誌・書籍、インターネットで広く知られるようになり、認知症を正しく理解しようとする人が増えてきました。
「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(平成26年度厚生労働省科学研究費補助金特別研究事業)によれば、2012(平成24)年の認知症の患者数は462万人とされ、2020年の患者数は、各年齢層の認知症有病率が2012年以降一定と仮定した場合は602万人、上昇した場合は631万人と推計されています。
この記事では、認知症とはどんな病気なのか、診断と治療はどのようになされるのか、相談窓口や公的な支援にはどのようなものがあるかなどについて考えていくことにします。
すべての病気にいえることですが、認知症においても早期発見・早期治療が重要です。また、健康に対する投資でもっとも効率がよいのは「予防」とされ、認知症についても「なりやすい人」や「なりやすい生活スタイル」がわかっているため、それらを知ることで認知症のリスクを下げることが可能です。
認知症の症状
認知症はひとつの病名ではなく、何らかの原因により脳細胞に障害が起きて、日常生活に支障をきたす状態を表す言葉です。認知症の症状としては、大きく分けて「中核症状」と「周辺症状」とがあります。
中核症状は、脳の障害によって起こる直接的な症状をいい、周辺症状とは中核症状に様々な要因が加わって出現するとされています。
周辺症状は行動・心理症状ともいわれて、出現には個人差があり、家族や介護者はたいへん苦慮します。しかし、その行動や心理には本人なりに理由があって、何らかのストレスや不快感に対する反応と考えられています。周辺症状は、周囲を悩ませたり、悲しませたりするものが多いのですが、「奇行」や「異常行動」と決めつけず、周囲はその言動の理由を理解しようとすることが大切です。
中核症状
脳の障害によって起きる認知症の直接的な症状には、以下のようなものがあります。
・記憶障害:物事を覚えらなくなったり、思い出せなくなったりする、同じ話を繰り返す、同じ物を何度も買ってくる、約束を忘れる、物をなくす、料理の味付けが変わる、よく知っている人の名前が出てこない
・理解・判断力の障害:物事を理解するスピードが遅くなる、駅の自動券売機や銀行のATM、家電などが使えなくなる、お金の計算ができなくなる、運転が下手になる
・実行機能障害:計画や段取りを立てて行動することができなくなる、手順よく物事を行えなくなる
・失語・失行・失認:言葉がスムーズに出てこなくなる、日常動作ができなくなる、自分と物との位置・距離関係がわからなくなる
・見当識障害:年月日、時間、季節、自分のいる場所がわからなくなる、人との関係がわからなくなる
周辺症状
認知症の周辺症状(BPSD:Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)には、以下のようなものがあります。
・妄想:物を盗まれた、悪口を言われている、パートナーが浮気をしているなど、事実に反することを事実と思い込む
・幻覚・幻聴:見えないものが見える、聞こえないものが聞こえる
・ひとり歩き:外を歩き回って家に帰れなくなる、自宅にいるのに「家に帰る」と家を出ていってしまう(徘徊という表現を言い換える自治体が増えています)
・暴言・暴力:感情のコントロールが利かず、暴言を吐いたり暴力をふるったりする
・せん妄:ひとりごとが多い、落ち着きなくうろうろ歩き回る
・抑うつ:気分の落ち込み、無気力、興味の消失
・人格変化:短気になる、怒りっぽくなる
・不潔行為:入浴拒否、排泄物を手で触る
認知症の主な種類
一般に認知症とよばれる病気は、ひとつではありません。ここでは、どのような種類の認知症があるのか、それぞれに特徴的な症状などを具体的に説明します。
アルツハイマー型認知症
脳内にたまった異常なたんぱく質により、神経細胞が破壊されて脳が委縮します。日本人に一番多いタイプで、認知症の6割以上を占めています。
もの忘れがきっかけで気づくことが多く、同じ話を何度もしたり、時間や場所がわからなくなったりするのが特徴です。昔のことは覚えていますが、新しいことを記憶できず、食事をしたことを忘れるのは、よく知られた症状です。
判断力や理解力も低下するため、今までできていた家事(料理や買い物、電子レンジや洗濯機などの家電を使う)もできなくなります。
脳血管性認知症
脳梗塞や脳出血が原因で、脳細胞に十分な血液が送られなくなったことで発症します。高血圧症、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病が発症につながります。脳のどの場所に障害が起きているかにより、症状が異なります。
判断力や記憶力は比較的残りますが、脳の機能が部分的に損なわれるため、正常な部分とそうでない部分が入り混じった、まだらな症状が現れます。梗塞や出血を起こした場所により、手足や言語に麻痺が出ることがあります。
レビー小体型認知症
脳内にたまったレビー小体というたんぱく質により、脳の神経細胞が破壊されておこります。
実際にはそこにないものが見える「幻視」が出現し、奇声をあげたり怒鳴ったりなどの異常行動が見られるようになります。また、手足の震えや小刻み歩行などの、パーキンソン病の症状も見られます。
頭がはっきりしているときと、ぼんやりしているときの差が見られ、初期では記憶障害が目立たないことがあります。
前頭側頭型認知症
脳の前頭葉や側頭葉で神経細胞が減少して、脳が委縮します。感情のコントロールが利かなくなり、万引きや無銭飲食などの反社会的な行動や、まるで人格が変わったような非常識な行動を起こして、周囲を驚かせたり悲しませたりします。
その他の認知症
多量のアルコール摂取で、脳血管障害やビタミンB1欠乏による栄養障害から認知症の症状が出ることがありますが、完全断酒により回復の見込みがあります。また、正常圧水頭症では、手術による改善が見込めます。
軽度認知障害(MCI)
近年、認知症の前段階である軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)が注目されるようになりました。軽度認知障害(MCI)の特徴は以下のとおりです。
・正常と認知症の中間の状態である
・もの忘れはするが日常生活に支障をきたさない
・10~30%が認知症に進行する
・正常レベルに回復する人もいる
・認知症治療薬の効果はないとする研究が主流
軽度認知障害かどうかも、医療機関で診察を受けないと判断できません。早期発見が重要なのは認知症と同じです。
認知症の診断と治療
自分や家族の認知症を疑っても、すぐに医療機関を受診する人は多くありません。
本人にとっても家族にとっても認知症は避けたい病気であり、診断されるのが怖いと感じること、もの忘れなどの症状を「歳のせいだから仕方ない」「歳をとれば当たり前」と片づけてしまうことが、受診を遅らせる原因になっています。
また、認知症はかつて「痴呆症」といわれ、その用語は侮蔑的であり、痴呆の実態を正確に表しておらず、早期発見・早期治療の妨げになるという理由で2004(平成16)年に「認知症」と改められました。名称変更をされてもなお、この病気に対して暗く恥ずかしいイメージを持つ人がいて、受診の妨げになっていることも否定できません。
しかし、少しでも異変を感じたのなら、早い段階で医療機関を受診するのが得策です。脳の画像診断や、神経心理検査などで早期発見ができれば、治療も早期に始められ、進行を遅らせることができるからです。また、脳のCTやMRIで脳梗塞や脳出血が見つかり、大事に至らなかったケースもあります。
認知症の相談先・受診機関
もしかしたら自分や家族が認知症かもしれないと思ったときに、どこに相談すればよいでしょうか。
高齢者が健康問題や福祉、介護のことなど生活のなかで困ったことを相談する場としてよく利用されているのが、地域包括支援センターです。どの医療機関を受診したらよいかわからないときなどに、相談してみるとよいでしょう。
かかりつけ医
認知症を疑い医療機関にかかろうと思ったときは、かかりつけ医に相談するのが第一段階です。かかりつけ医は患者の既往歴や現病歴、生活環境に関する情報を持っていますので、日常的に診てくれているかかりつけ医ならば、患者の変化にも気づきやすく相談もしやすいといえます。
必要に応じて、認知症専門医に紹介してもらうことが可能です。
認知症外来・もの忘れ外来
大学病院や総合病院の診療科のひとつとして、また精神神経科病院のなかに認知症外来やもの忘れ外来があります。予約制で紹介状が必要な場合もありますので、受診の前に確認しましょう。
認知症専門医が在籍し、問診や長谷川式認知症スケールのような簡易検査、CTやMRI、脳の血流を見るSPECTなどの画像診断で、認知症かどうかを判断します。
認知症疾患医療センター
都道府県及び政令指定都市により指定を受けた、認知症の専門医療機関です。相談窓口があり、専任のスタッフが相談や予約受付の対応をしています。
主に精神科を標榜する病院に設置され、問診や長谷川式認知症スケール、画像診断を行うのは前項の認知症外来・もの忘れ外来と同じです。外来診療に加え、認知症相談、急性期対応、専門職対象の研修会開催、地域住民への啓発活動なども担っています。
認知症と診断されたら要介護申請を
認知症の診断が出たら、まだ要介護認定を受けていない人は市町村に申請を出しましょう。それにより、介護保険を使った様々なサービスを利用することができるようになります。
申請を出すと、認定調査員による調査と主治医の意見書による一次判定、介護認定審査会による二次判定を経て、30日以内に認定結果が通知されます。認知症の人の介護を家族がひとりで抱え込まないためにも、ぜひ要介護申請を出してください。
すでに要介護の認定を受けている人は、認知症の診断により要介護度が上がり、受けられるサービスの支給限度額が上がる可能性がありますので、「区分変更」の申請を出すことを検討してみてください。
介護サービスの内容は、在宅介護の場合と施設入所の場合に分けられ、以下のようなサービスが受けられます。各種サービスのなかから必要に応じ、支給限度額以内で組み合わせて利用することができます。
介護サービスの利用には介護サービス計画(ケアプラン)が必要ですので、ケアマネージャーが在籍する事業所との契約を行い、ケアプラン作成にあたってもらいましょう。
在宅介護で利用できるサービス
在宅介護の場合、以下のようなサービスが受けられます。
・訪問介護:訪問介護員(ホームヘルパー)が自宅を訪問し、食事、排泄、着替え、清拭、入浴などの身体介助、掃除、洗濯、調理、買い物、ゴミ出しなどの生活援助を行います。
・訪問看護:医師の指示により看護師が自宅を訪問し、服薬管理、清拭、排泄、褥瘡(床ずれ)ケアなどの支援を行います。
・訪問リハビリテーション:医師の指示により理学療法士や作業療法士、言語聴覚士が自宅を訪問し、リハビリを行います。
・訪問入浴:看護師1名を含む3名が専用の浴槽を自宅に持ち込み、入浴サービスを提供します。
・デイサービス:日中に介護サービスを提供する施設に、日帰りで通います。
・デイケア:日中にリハビリを受けられる介護施設、または医療機関に日帰りで通います。
・ショートステイ:老健(介護老人保健施設)、特養(特別養護老人ホーム)などの施設に1日~数日間、短期入所します。
・福祉用具の利用:介護ベッド、手すり、車いす、歩行器、杖などのレンタルや、ポータブルトイレ、入浴補助用具などの購入が可能です。
入所可能な施設
・認知症グループホーム:認知症の人たちが共同生活を送る施設で、5~9人を1つのユニットとし、利用者3人に介護者が1人つきます。家事など、それぞれができることを分担して生活をします。人気の施設は待機者が多く、入居までだいぶ待つ場合もあります。
・特養(特別養護老人ホーム):65歳以上、要介護3~5の人を対象とした施設で、費用が手ごろで長期入所ができるため希望者が多く、施設によってはかなりの待機者がいる場合があります。
・老健(介護老人保健施設):医療ケアやリハビリが必要な人向けの施設で、医師や看護師、理学療法士や作業療法士が常駐しています。本格的なリハビリによる、自宅復帰を前提とした施設です。
公益社団法人 認知症の人と家族の会について
「認知症の人と家族の会」という認知症患者本人、家族、介護者のためのセルフヘルプグループ(自助グループ)があり、全国に支部を持っています。
自助グループは、自分自身の病気や抱えている問題を、当事者同士で話し合ったり解決したりすることを目的に作られ、同じ病気の患者や支える家族で構成されます。
この会では認知症の介護家族が集まり、介護の相談や勉強会、情報交換を行っています。会に参加することで孤立感が薄れ、「自分はひとりではない、仲間がいる」と前向きな気持ちになれます。また、仲間の体験談を聞いたり、自分の体験談を話したりすることで、心の重荷を下ろすことができます。
同じ病気や立場の人同士でないと理解できないこともあり、お互いを支えあうことで、よりよい介護生活を送ることが可能になります。
「認知症の人と家族の会」のホームページでは、たくさんの有益な情報を発信していますので、ぜひアクセスしてみてください。
公益社団法人認知症の人と家族の会 https://www.alzheimer.or.jp/
認知症になりやすい人と認知症の予防
2019年にWHO(世界保健機構)が、初めて認知症予防のガイドラインを発表しました。このガイドラインは次の12項目からなり、特に適度な身体活動、禁煙、バランスの取れた食事と適正飲酒が重要とされています。
【認知症予防のための12項目】
- 身体活動の介入
- 禁煙の介入
- 栄養の介入
- 適正飲酒の介入
- 認知機能の介入
- 社会活動
- 体重の管理
- 高血圧症の管理
- 糖尿病の管理
- 脂質異常症の管理
- うつ病の管理
- 難聴の管理
このガイドラインにあるように、高血圧症、糖尿病、脂質異常症の人は認知症になりやすいとされ、これらの病気の原因となる生活習慣を改めることが肝心です。また、運動不足、過食や偏食、大量飲酒、喫煙、無趣味、人付き合いがないことも発症につながりやすいことがわかっているので、それらを避ける工夫をします。
WHOは「心臓に良いことは脳にも良い」と声明を出していて、血圧、体重、コレステロールや血糖値の「数値」をコントロールすることが重要です。具体的には以下の4つに注意すべきですが、認知症に限らず、あらゆる病気の予防につながることです。
- ①日常的に運動を行う
- ②低糖質、低塩分を心がけたバランスのよい食事をとる
- ③質のよい睡眠をとる
- ④趣味や人との関わりを持つ
ところで、WHOのガイドラインでは、「認知症のリスクを低くする方法として、ビタミンBやE、多価不飽和脂肪酸、マルチサプリメントは推奨されるべきではない」としています。また、「認知トレーニング(脳トレ)については、認知症のリスクを低下させる明確なエビデンスがない」ともしており、認知症予防のためによいと宣伝されるサプリメントやトレーニングに、過剰な投資をすることへの警鐘ととらえることができます。
認知症の予防や進行を遅らせるためには、ごく当たり前の健康的な生活を送ることが最重要ということになります。