知っておきたい介護の問題とトラブル

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3つの視点から見た介護におけるトラブル

厚生労働省が2021年7月30日に発表した、わが国の平均寿命は、男性が81.64歳、女性が87.74歳でした。

超長寿国となった日本において、介護の問題は高齢者にとってもその家族にとっても、避けて通れないものになっています。
平均寿命は年々記録を更新していますが、介護を必要とせず自立して生活できる「健康年齢」との間にはおおよそ10年ほどの開きがあり、70歳代半ばころから何らかの介護を必要とする人が増加しているのです。

介護は、自宅で行われる「在宅介護」と、施設に入所する「施設介護」とに大きく分けられ、どちらの介護においても、さまざまなトラブルが発生するものでしょう。
この記事では、介護にまつわる問題や発生しやすいトラブルを紹介し、その解決方法や相談先について解説していきます。

介護の現場で起こるトラブルのタイプ

どのような社会においても、人間関係においてのトラブルは起こるものです。

しかし、事前にトラブル例を知っておくことで避けられる事例も多く、また現在介護を受けている人や、近い将来介護が必要になる人とその家族にとって、知っておくことは大切でしょう。

起こりうるトラブルとしては、以下の3パターンが挙げられます。
●「要介護者の家族間のトラブル」
●「介護サービスを提供する事業者との間のトラブル」
●「通所施設や入居施設における利用者同士のトラブル」

それぞれ、トラブル例をあげながら見ていきましょう。

要介護者の家族間のトラブル

現在、もっとも多いとされているのが、要介護者をめぐる兄弟姉妹間のトラブルです。

老人ホーム検索サイトで、最大規模といわれる「みんなの介護」が行ったアンケートによると「親の介護で家族仲・兄弟仲が悪くなった経験がある」と回答した人は、全体の91.5%にものぼります。
介護によって、家族関係が悪化した人が非常に多いことがうかがえます。

要介護者の家族、主に子どもたちの間でのトラブルは、在宅介護の場合に多くみられる傾向です。
在宅介護は、主な介護者が24時間休みのない条件下にあるため、その役を担う人の負担が非常に大きくなるためからでしょう。

兄弟姉妹間で介護トラブルが多い原因

兄弟姉妹間でトラブルになる大きな原因は、主な介護者に生じる「不公平感」から生まれます。

本来、兄弟姉妹が平等に介護の労力や費用を負担するべきところ、特定の人に負担が集中してトラブルになる例が後を絶たないからです。

親が要介護状態になる70歳~80歳代は、子どもたちもシニア世代の50歳~60歳代になります。
そのため、職場で責任の重いポジションにいたり、家のローンや教育資金がまだ必要だったり、配偶者の親の介護をしているなど、自分自身が精いっぱいなことが多いのです。

「できることなら、親の介護はほかの兄弟姉妹に任せたい」というのが本音の場合もあるでしょう。
そこで起こるのが兄弟姉妹間での「介護の押し付け合い」です。

では、親が要介護になったときに、子どもたちが平等に介護を負担することは可能でしょうか。
実際には、親の家との距離や職業、家庭をもっているかいないかなど、それぞれの事情が異なるので、均等に負担するのは難しいのが現実です。

さて、もっとも介護の担い手になりやすい立場の人とは、以下のようになります。

  • ①親と同居している人と配偶者 
  • ②親の家の近くに住んでいる人と配偶者
  • ③独身の人
  • ④専業主婦(主夫)の人

【親と同居している人と配偶者】
親と同居の兄弟と、その配偶者に負担が集中するケースが多くみられます。
昔は長男が家を継ぎ、親と同居し、その妻は介護を含めた家のこと全般を行うのが当然、という時代もありました。
しかし、現在そのような制度は消滅したにも関わらず「介護は長男の嫁の仕事」と、期待する兄弟姉妹がいるとトラブルに発展してしまうのです。
同居しているのが長男でない場合でも「同居している人が親の介護をするのは当たり前」と周囲が考えると、感情的な亀裂が生じるでしょう。

【親の家の近くに住んでいる人と配偶者】
介護は、自然と女性(主に娘)が担うようになることが多いのですが、実家の近くに姉妹がいると介護の役割が集中してしまうことがあります。
それ以外の兄弟姉妹が「私は遠くに住んでいるから、近いあなたが介護をするべき」という態度をとれば、当然トラブルに発展するでしょう。

【独身の人】
非婚率が高くなった近年、独身でいる人も増えました。
家庭がない分フットワークが軽く、介護者としてほかの兄弟姉妹から期待されるのです。
周囲が「うちは子どもが〇人もいて大変だけど、あなたは独身だから気楽でしょう」という態度ではトラブルになって当然でしょう。

【専業主婦(主夫)の人】
結婚後も働く女性が増え、専業主婦という言葉も死語になったような昨今ですが、主婦業に専念する人もいます。
また女性が外で働き、男性が家事を担当する夫婦も増加傾向です。
ほかの兄弟姉妹からは、仕事をせずに自由な時間があるようにみえるため、介護者として期待されます。
周囲が「あなたは仕事をしていないのだから介護をして当然でしょう」という態度では、トラブルとなるでしょう。

兄弟姉妹間でのトラブル解決法

ここからは具体的な解決法を考えてみましょう。
話し合い、主介護者の決定、役割分担の3つが、兄弟姉妹間のトラブルを回避するために必要です。

●話し合い
兄弟姉妹は子どものころに仲がよくても、大人になりそれぞれ家庭をもつようになると、だんだん疎遠になる傾向にあります。
多くのトラブルはコミュニケーション不足が原因ですので、親の介護が必要になった場合は一堂に会して話し合いを行うことが大切です。
「家族なら気持ちを察してくれるはず」というのは幻想にすぎず、口にしなければ思いは伝わらないと心得ましょう。
話し合いでは「だれが主介護者となるか」、「金銭的な負担はどうするか」、「主介護者自身が介護疲れや体調不良を起こした場合はだれがフォローするか」などを決めておきます。
情報の共有手段も決めておくべきであり、メーリングリストやグループLINEを利用するのも便利でしょう。

●主介護者の決定
子どもたちが均等に介護負担をするのが理想ですが、現実にはそれが難しいため、ひとりを主介護者(キーパーソン)と決めます。
だれがその役割にふさわしいかは、親の家との物理的な距離や融通の利く時間がどれくらいあるかなどで、総合的に検討しましょう。
ここで注意すべきは、いざ介護に直面すると、肝心の親の気持ちを考えずに話を進めてしまいがちなことです。
親本人は「だれに介護をしてほしいのか、自宅で介護を受けたいのか施設に入りたいのか」などの本人の意思を尊重することが大切になります。

●役割分担
主介護者(キーパーソン)を決めたあとも、その人に介護の責任のすべてを押し付けないことが大切です。
主介護者の負担が重すぎないように、ほかの人も協力するという姿勢を示し、実際なんらかの役割を請け負うべきでしょう。
例えば、遠方の兄弟姉妹が介護をしている人に1泊2日の旅行をプレゼントし、その間介護を引き受けるなど、いつも主介護者の苦労を忘れていないことを態度で示しましょう。

主介護者の不公平感をなくすには

主な介護者となった人も、決してその役割を逃れたいとか押し付けられたと考えているわけではありません。
ただ、周囲のかかわり方によっては「どうして自分だけが?」とか「私だけが損をしている」という不公平感を抱き、しばしば孤独感を覚えることもあるでしょう。

それを防ぐかどうかは周囲の人たちの態度次第です。
そこで、以下のような心がけを意識する必要があります。

・周囲の人は主介護者に対する感謝の気持ちを伝え、ねぎらいの言葉をかけること
・遠方の兄弟姉妹は月に1回など、頻度は少なくとも介護を交代することを約束し実行すること
・周囲の人は電話やメールで様子をうかがい、愚痴を聞いたり相談に乗ったりして、主介護者を孤立させないこと
・メーリングリストやグループLINEで情報を共有し、全員がかかわっているという安心感を主介護者に与えるようにすること

介護サービス事業所とのトラブル

介護が必要になり、要介護申請を出して介護認定が下りると、さまざまな介護サービスを利用することができます。

多くの家庭に利用されているサービスが、通所介護サービスの「デイサービス」と、訪問介護サービスの「ホームヘルパー」です。
ほかにも在宅介護を支えるサービスはありますが、このふたつは特に利用者が多い介護サービスですので、起こりがちなトラブル例を見ていきましょう。

デイサービス施設とのトラブル

デイサービスはサービスを提供する施設に自宅から通いますが、その施設のスタッフと利用者、または家族がトラブルになることがあります。

例えば、利用者本人がデイサービスに対する不満を口にしたり、通所を拒否したりした際に、家族側は施設に原因があると思い込みがちなことです。
また、施設としては施設側に落ち度はなく、利用者本人のわがままや認知症を理由にすることがあり、話し合いも平行線でわだかまりが残ることがあります。

また、デイサービス中に利用者がけがをしたり体調不良を起こしたりした際に、施設側の対応の不備が発端になり、デイサービス施設に不信感を抱くこともあります。

そのようなときの相談先としては、担当のケアマネジャーが最適です。
ケアマネジャーはこのようなトラブルで両者間の調整をしますので、場合によってはデイサービス先の変更も考慮してくれるでしょう。

ホームヘルパーとのトラブル

訪問介護のホームヘルパー(以降、ヘルパーという)は何人かでチームを組み、ひとつの地域を担当することがあります。
そのため、その日によりどのヘルパーが来るかは利用者側から指定できないことがほとんどです。

だれにでも相性というものがあるので、気に入るヘルパーがいればそうでないヘルパーもいるでしょう。
特定のヘルパーだけに担当してもらおうとするのは、利用者側のわがままととられる場合があります。

あまりにも仕事の技量が劣る、言葉遣いがよくない、時間にルーズなどの問題があればケアマネジャーやヘルパーが所属する事業所に苦情を伝えるのもひとつの手です。
その際に、一方的、攻撃的にならないようにしましょう。

ヘルパーは原則として訪問先の道具を使い、掃除、洗濯、料理などの生活援助を行います。
その際、道具を壊した、食事の用意をしていて食器を割ったなどの物損が起きることがあり、その場合は、ヘルパー自身が事業所に連絡をして指示を受けることになっています。
ヘルパー個人に弁償させようとせず、まずは所属事業所の対応を待つことになるのです。

また、ヘルパーが対応中に利用者のけがややけど、転倒による骨折が発生することがあります。
ヘルパー自身の不注意もありますが、利用者が予期せぬ動きをしてしまい一瞬のうちに事故になったケースもみられます。
ヘルパーが迅速で誠実な対応をしたかどうか、家族としてはよく見極めることが必要です。

ヘルパーに対する不信感が強いならば、ケアマネジャーに相談し、事業所との間に入ってもらい対応策を考えます。
苦情の申し立ては、ヘルパーを抱えている訪問介護事業所のサービスの質向上にもつながるため、苦情を我慢する必要はありません。

ただ、感情的にならない、一方的にならない、客観的事実を根拠に話すなどの注意は必要でしょう。
最終的な解決策として、別の訪問介護事業所に変更することも可能です。

施設における利用者同士のトラブル

通所介護サービスであるデイサービスにも、さまざまな人間関係があります。
施設に入所して介護を受ける場合にも居室や、食堂や洗面所や娯楽室などの共有スペースでは他人とのかかわりあいがあるため、トラブルが発生しやすくなります。

通所介護サービスでのトラブル

デイサービスの利用者同士のトラブルは、滞在する時間が限られているため、それほど大きく発展しないことが多いです。
しかし、人間関係がうまく行かないと通所拒否につながることがあります。

トラブルのきっかけはささいなことが多く、スタッフが早く気づいて仲裁にあたらないと関係がこじれて、デイサービスそのものが嫌になってしまいます。
また、利用中に金品がなくなるなどのトラブルもありますが、デイサービスは専用の送迎車による自宅と施設の往復のため財布は必要ありません。
最初から時計、宝石などの高額品を持ち込まないことも大切です。

利用者からデイサービスの苦情を聞いた場合、家族は施設長などの責任者、担当のケアマネジャーに相談し解決に持って行くようにします。
トラブルの相手となった人や、その家族に直接苦情を訴えることは避けましょう。

入所施設でのトラブル

施設入所中は共同生活となるため、小さな行き違いが大きなトラブルに発展することもあるでしょう。
施設に入居すると親しい人もできますが、どのような社会でも相性のよい人とよくない人がいるのはごく普通のことです。
特に高齢者の場合、認知症が始まっている人もおり、性格的に頑固になりやすい人もいます。

「悪口をいった、いわない」「順番を守らない」など、子どものけんかのようなことも起きます。
また、ひとりの男性利用者または女性利用者をめぐって、複数の異性がトラブルになる例もあります。

利用者による施設スタッフへの暴言・暴力、セクハラなども問題になり、逆に施設スタッフが入居者に虐待行為を働いたなど、あってはならないことですが、現実に発生しています。

家族は、トラブルに気がついたらすぐに施設の管理者(施設長)やケアマネジャーに伝えます。
どのような場合でも、十分に事実関係を確認して冷静に落ち着いて申し出るようにしましょう。

施設内でトラブルがまったくない、というほうがかえって珍しいくらいと言えます。
利用者は入所時に施設側に、トラブルがあった際の対処法がきちんと確立しているかどうか、一度確認しておくのがよいでしょう。

どのようなトラブルが想定され、どのような対処法があるかを明確に説明できる施設は良心的と考えられます。
逆に「施設内でトラブルはありません」と言い切ったり「スタッフが対応しますので心配ありません」としか答えなかったりする施設は、トラブル回避への意識が低いといえます。

施設に対する苦情は、順番としては直接施設に申し出ることですが、解決が難しい場合は市区町村の苦情相談窓口に相談してみましょう。

まとめ

介護にまつわるトラブルとして、介護者をめぐる家族間、利用者とサービス提供者、利用者同士、という3つの視点からの例を紹介しました。

兄弟姉妹間では「家族ならいわなくてもわかってもらえる」という考えは捨て、大人としての話し合いをもつことが重要です。

また、通所でも入所でも、施設を利用するということは他人との共同生活を意味し、協調性や我慢という自己努力も必要なため、高齢者にとって負担が大きいものです。

そのことを家族もよく理解し、入所施設にいる場合は面会の頻度や時間を増やすなど、孤独感を抱かせない工夫が必要です。