はじめに
誰でも発症する可能性のある認知症。私たちも自分が認知症になり判断能力が低下したり、自分の意思を的確に伝えられなくなったりすることを考えておかなければなりません。
そのような場合に備え判断能力がある間に、判断能力が低下した時に備えておく方法に任意後見制度があり、契約があります。任意後見の制度と契約とはどのようなものかを紹介します。
任意後見とは
認知症などにかかって判断能力が低下した場合には、後見人を選任して、財産管理などをしてもらう必要が生じます。
このために成年後見制度というものがあります。成年後見制度では、家庭裁判所に申し立てて成年後見人を選任してもらう「法定後見」と、本人が自分の意思で後見人を選び任意後見契約を締結し、実際に後見が必要になったときに後見をしてもらう「任意後見」があります。
任意後見とは、本人の判断能力があるうちに将来判断能力が不十分となったときに備え、財産管理や介護サービス締結等の療養看護に関する事務について、信頼できる人に依頼し、引き受けてもらう制度です。
この契約を任意後見契約といい、依頼する本人を任意後見の委任者、引き受ける人を任意後見の受任者(後に、任意後見人)と言います。また、任意後見契約は、公正証書により締結しなければなりません。
任意後見と法定後見の違い
任意後見と法定後見の違いは、以下の通りです。
契約と選任の流れの違い
任意後見は自分で後見人を選んで自分の意思で契約するのに対し、法定後見は家庭裁判所の判断で後見人が選任されます。
任意後見人の場合には、家族・親族や信頼できる人を選んで将来任意後見人になってもらうように依頼できますが、法定後見の場合には、家庭裁判所が後見人を選任するので、自分の気に入った人を選ぶことはできません。
利用するタイミングの違い
任意後見契約の場合には、自分が元気なうちに契約をして、任意後見を利用することを決められます。
しかし法定後見の場合には、自分の判断能力が低下したときに家庭裁判所が後見を開始するので、自分の意思とは無関係に後見が行われる場合もあります。
任意後見の場合は自分の意思で後見の内容を決定できる
たとえば、金銭の管理方法や処分方法、使い方などを指定することもできますし、自分が入居する施設や病院の指定などもできます。
これらに対し、法定後見の場合には、自分の意思とは無関係に後見人の判断で後見業務が進められます。
任意後見では任意後見監督人が選任できる
任意後見監督人とは、任意後見で任意後見人を監督する業務を行う人です。
任意後見人が不適切な行為を行った場合などには、任意後見監督人が任意後見人を解任するなど、適切な後見がなされるように監督する役割の人です。
任意後見契約の注意点
任意後見契約をする場合、下記の点に注意すべきです。
任意後見人には取消権がない
判断能力が低下してしまったら、自分の判断で不適切な財産処分をしてしまったり、悪徳業者に騙されて高額な商品を買わされたりすることがあります。
法定後見人であれば、本人が勝手に行った行為についての「取消権」があるので、本人の法律行為を取り消して利益を守ることができます。他方、任意後見人には取消権がないので、本人の不適切な行為による不利益を避けることができません。
死後の事務処理・財産管理は対象外
任意後見契約は、被後見人の死亡によって終了します。
そのため、被後見人の死後の葬儀や、相続手続きなどが気になる場合、別途委任契約を締結するなどをする必要があります。
後見開始のタイミングが難しい
法定後見の場合は、申立・審判時点で既に判断能力が低下しているため、後見開始のタイミングで迷うことはありません。
しかし、任意後見の場合は、まだ判断能力が残っている段階で契約を締結するため、後見開始のタイミングで迷うことがあります。
任意後見人の業務内容
任意後見人が行える業務は、法律上代理権を与えることができる行為で、次のようなものです。
財産管理
家賃の支払いをはじめとした必要な支払い、預貯金や年金などの収入などの管理です。
身上監護
介護保険の申請、介護、福祉サービスの利用契約、医療機関への入院手続き、介護施設等への入所の契約、自宅の売却、修理などです。
これらにつき、すべての行為を委任する必要はなく、個別に一部の行為を委任することも可能です。
任意後見監督人の特徴
先述した任意後見監督人は、日常的に任意後見人の業務を監督し、任意後見人の事務について、家庭裁判所に対して定期的に報告をする義務を負っています。
さらに、急迫の事情がある場合には、任意後見人の代理権の範囲内において、任意後見監督人自身が必要な処分を行うことができます。任意後見人と本人との間の利害が対立する場合には、任意後見監督人が本人を代表することが可能です。
任意後見監督人になるための資格には、特に法律上の制限はありません。本人の親族や知人友人でも任意後見監督人になることができますし、弁護士や司法書士等の専門家が選任されることもあります。
任意後見契約を利用する3パターン
任意後見契約を利用する場合には、以下の3つのパターンがあります。
移行型
本人の判断能力があるうちは任意代理の委任契約を締結して業務を依頼し、本人の判断能力が低下したら後見業務を開始するケースです。
本人の判断能力があるうちから業務を依頼し、後見開始後も同様の業務を行うことができるためスムーズに後見業務を進められます。
即効型
任意後見契約と同時に任意後見を開始するケースです。
本人の判断能力がすでに相当低下しており、すぐにでも後見人をつけることが望ましいけれども、最低限、任意後見契約を締結するだけの判断能力が本人に残っているケースで利用可能です。
将来型
任意後見契約をしてもすぐには後見業務を行わず、後日実際に本人の判断能力が低下したときに任意後見人が後見業務を開始するケース。
まだ本人の判断能力が充分で後見人が不要な段階から、将来に備えて任意後見契約をしておきます。
任意後見契約の手続きの流れ
任意後見契約を利用する際の手続きの流れを確認していきましょう。
任意後見契約締結
任意後見人を依頼したい人を探して、任意後見契約を締結します。
任意後見契約書は公正証書にする必要があり、公正証書を作成すると、公証人が任意後見登記の手続きをします。
任意後見開始
任意後見契約締結後、本人の判断能力が実際に低下したら、任意後見を開始します。このとき、本人や後見人予定者、配偶者や4親等以内の親族が、家庭裁判所に対し、任意後見監督人の選任申立をする必要がありますが、多くの場合、後見人予定者が申立をします。
申立が行われると、家庭裁判所で審理が行われ、本人の判断能力が実際に不十分であると認められたら任意後見監督人が選任されます。そして、任意後見監督人が選任されると、任意後見契約が発効して、任意後見人が後見業務を開始します。
家庭裁判所で任意後見監督人が選任されるためには、以下の要件が必要です。
・任意後見契約が登記されていること
・本人の判断能力が不十分になっていること
・他の後見制度が開始していないこと
すでに本人に法定後見が開始している場合には、任意後見監督人は選任されません。
任意後見契約の終了
本人や任意後見人が死亡した場合に任意後見契約が終了します。
また、任意後見人が解任されたり、任意後見人の方から辞任したりすることによっても任意後見契約は終了します。任意後見人の死亡や辞任・解任などによって後見人がいなくなった場合、本人の判断能力が低下していて後見が必要な状態になっていたら、法定後見へ移行する必要があります。
認知症に備える任意後見契約の準備のポイント
状況に応じた任意後見契約の準備のポイントをお伝えします。
現状が本人の判断能力に不安がない場合
現状では本人の判断能力に不安がない場合は、後見人による全面的なサポートを受ける必要はなく任意後見契約は必要ありません。この段階では任意代理契約を検討します。
任意代理契約は代理人がいると助かる内容を検討し、支援してくれる代理人を決めることが必要になってきます。
本人の判断能力にやや不安が出てきた場合
本人の判断能力にやや不安が出てきた場合には、先述した任意後見の移行型を検討します。
移行型とは、本人の判断能力があるうちは任意代理の委任契約を締結して代理業務を依頼し、本人の判断能力が低下したら後見業務を開始するものです。本人の判断能力があるうちから業務を依頼して、後見開始後も同様の業務を依頼します。
まとめ
任意後見契約とは、本人の判断能力があるうちに将来判断能力が不十分となったときに備え、財産管理や介護サービス締結等の療養看護に関する事務について、信頼できる人に依頼し引き受けてもらう契約です。
任意後見契約とは、財産管理や介護サービス締結等の療養看護などに関する業務の委任者と、委任者が選んだ指定された業務を引き受ける受任者(後の任意後見人)との間で締結される後見に関する契約となります。
本人が自由に後見人を選べる点が法定後見との違いです。
任意後見契約では依頼する契約内容を自分で決められることになりますが、契約書に書かれていない項目については、任意後見人は手を付けられません。契約内容を決めるときにはよく検討することが重要である点を覚えておきましょう。