はじめに
超高齢社会になった日本で、高齢になっても運転を続ける人が増加しています。高齢になると認知症のリスクも高くなり、身体能力や判断力が低下してくるため、ある程度の年齢に達した時点で運転免許を自主返納することが望ましいといえます。
75歳以上のドライバーが、最も過失の重い「第1当事者」となった交通死亡事故は、2019年には401件ありました。前年より59件減ってはいますが、死亡事故全体に占める割合は14.4%と、高い割合でした。75歳以上の死亡事故は、正面衝突、人対車両、追突などが7割で、ブレーキとアクセルの踏み間違いを原因とするものは、75歳未満と比較すると高い割合でした。
死亡事故を起こした高齢運転者の、半数に認知機能低下があったという警察庁の発表もあり、高齢ドライバーが運転を続けることへの周囲の心配や不安は計り知れません。しかし、公共の交通機関が発達していない地方の市町村では、高齢者の免許返納が難しいことも事実です。
高齢ドライバーの事故が相次いでいることを受け、免許制度の改正案も出されましたが、家族や周囲の人々は、高齢ドライバーにどのように対応したらよいのでしょうか。
高齢者の運転免許保有者数
高齢者人口の増加とともに、高齢ドライバーも増えており、警察庁の運転免許統計令和元年版では、60歳以上の第二種免許、第一種免許保有者数の合計は以下の数字でした。2種類以上の運転免許を保有する人は、上位の運転免許に計上されています。かっこ内は全体に対する割合です。
・60歳~64歳 6,569,055人(8.0%)
・65歳~69歳 6,898,519人(8.4%)
・70歳~74歳 6,126,445人(7.5%)
・75歳~79歳 3,541,013人(3.2%)
・80歳~84歳 1,662,656人(2.0%)
・85歳以上 623,004人(0.8%)
高齢ドライバーの定義
ところで、「高齢ドライバー」とは何歳以上の人を指すのでしょうか。警察庁がまとめる交通事故統計では、高齢運転者を65歳以上としてカウントしています。
高齢運転者標識(通称:もみじマーク・高齢者マーク)の努力義務規定は70歳以上で、運転免許更新時に高齢者講習の義務があるのも70歳以上です。さらに、免許更新時の高齢者講習前に認知機能検査を求められるのは75歳からと規定されています。
また、75歳以上の運転者に、信号無視、通行区分違反、一時不停止など違反行為があった場合は、臨時認知機能検査を受けることが定められています。
高齢ドライバーの定義をまとめると、警察庁統計では65歳以上、高齢者マークは70歳以上、免許更新時の認知機能検査は75歳以上となります。ただし、老化には個人差があり、特に目の老化は高齢者といわれる以前の40歳~50歳代から始まりますので、自分の身体状態により運転に影響が出ていないかを、定期的にチェックすることが必要です。
免許更新前に認知機能検査が義務付けられるのは75歳以上
75歳を過ぎると、免許更新前に認知機能検査を受ける必要があり、その結果により免許更新の手順が異なります。
- ①記憶力・判断力にほぼ問題なしという判定結果の場合
高齢者講習を受講し、免許更新の手続きを行います。
- ②記憶力・判断力が低くなっているという判定結果の場合
臨時適性検査と、医師の診断書の提出が求められます。認知症でない場合は、高齢者講習を受講後、免許更新手続きを行いますが、認知症と診断された場合は免許証の停止・取り消しとなります。
高齢ドライバーにみられる身体的・心理的特性
高齢ドライバーの暴走、逆行、立体駐車場からの転落などによる重大な事故が発生しています。まだ高齢に達していないドライバーからすると「信じられない」という印象を抱きますが、現実にそのような事故が起きています。
高齢になると、運転にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
視覚機能の変化
自動車運転において、目の機能は非常に重要な役割を担っています。運転中に得られる情報の9割は視覚情報です。ところが、高齢になるにつれて次のような変化が起こるため、視覚からの情報を得づらくなります。
- ①静止視力の衰え
40歳を過ぎるころから静止視力の低下が始まるといわれ、運転中に計器類やカーナビの画面が見えづらくなります。
- ②動体視力の衰え
動いているものを見たり、自分が動きながら見たりするときの視力が動体視力です。道路上では、他の車両や歩行者も動いている状態で自分の車と行き交っていますが、車、バイク、自転車などは動きが速いため、動体視力の衰えがとっさの判断を遅らせて事故につながる危険があります。
- ③夜間視力の衰え
夜間の運転時に、信号や矢印信号が見えづらくなります。また、前方の車のブレーキランプがぼやけて見るようになるため、前の車がブレーキを踏んだことに気づくのに遅れることがあります。
夜間に目が見えづらくなるのは、目の機能の老化が原因です。速度を落としたり、意識して車間距離を大きくとったりしないと、深刻な事故の危険があります。日没が早まる9月以降、夕暮れ時の高齢者死亡事故が増加し、11月・12月がピークといわれています。
- ④眼の病気
加齢による眼の病気に、白内障、緑内障、加齢黄斑変性、糖尿病網膜症などがあります。
これらの病気が原因で視力が著しく衰えると、運転に支障をきたします。
判断力・反射神経の低下
高齢になると、とっさの判断に遅れが生じ、操作ミスも増えてきます。操作ミスのうち重大なものが、ブレーキとアクセルの踏み間違いで、ブレーキを踏む要領でアクセルを踏んだために、車が暴走して死亡事故を起こした例があります。
また加齢とともに反射神経が鈍るため、危険回避が遅れる傾向にあります。
車はすぐに止まるものではなく、ドライバーが危険を感じてブレーキが効き始めるまでの空走距離と、ブレーキが効き始めてから車が停止するまでの制動距離を合わせたものが、実際の停止距離です。
したがって、危険に気づくのが遅れるほどブレーキの踏み遅れが生じ、結果として停止距離は長くなります。高齢による判断の遅れは、重大な事故につながる危険があります。
その他
視覚機能の衰えや判断力・反射神経の低下は、事故防止の観点からは非常に好ましくない要素です。
その他には、聴力機能の衰えにより他の車のクラクションが聞こえず、危険に気づくのが遅れる、集中力が途切れて注意力散漫になりがち、長年の運転経験があるために自分の運転能力を過信するなどの傾向が、高齢ドライバーにはみられます。
認知症の人の自動車運転
運転免許の更新時に、75歳以上の人に対して更新前の認知機能検査が義務付けられていますが、75歳未満の人や、更新まで期間がある人に認知症の症状がみられた場合、本人が免許の自主返納をするか、周囲が説得して運転をやめてもらうことになります。
高齢者が自ら運転をやめる場合は、特に問題がありません。しかし、本人が抵抗を示すケースも多く、特に軽度認知症の人に運転をやめさせることは、実際に運転ができているために難しいといわれています。
「運転を続けたい」「まだ自分は大丈夫」という本人の思いと、「事故が起きてからでは遅いので運転をやめさせたい」と考える家族の思いとの葛藤は大きく、時には両者の関係が著しく悪化することもあります。
ここでは、「公益社団法人認知症の人と家族の会」のホームページを参考にし、認知症の人が運転にこだわる心情も理解しつつ、運転をやめてもらうための工夫を考えていくことにします。
運転にこだわる認知症の人の気持ち
・生活や仕事に必要で、運転しないと生活がなりたたなくなる
・運転能力の低下を指摘されるのは、人間性も否定されているようでプライドが傷つく
・自分や配偶者の通院のために車は必要だ
・長い年月、無事故無違反だったので運転には自信がある
・まだまだ車に乗ることを楽しみたい
家族や周囲の人の気持ち
・運転が不安定で下手になったので、運転をやめてもらいたい
・身体の動きや視力、聴力の低下など、身体機能が衰えてきたので危険だ
・道を間違えたり迷ったりすることが多くなったので心配だ
・高齢ドライバーによる重大事故が多発しているので、今のうちに運転をやめさせたい
運転をやめてもらうための工夫
・認知症の人は運転できないと法律で定められていることを説明する
・家族として、事故の不安があると率直に伝える
・医師や目上の人などの、権威のある人から話してもらう
・小さな接触事故などを起こした際に、それを機会に免許返納を勧める
・車を維持することの費用対効果を理由に、車を手放すほうが得策だと訴える
・運転免許を自主返納すると、自治体や民間企業からの特典があることを説明する
・キーを隠す、バッテリーをあげるなど物理的に運転できなくする
高齢ドライバーといっても、ひとりひとりの性格も社会背景も違いますので、どの方法が最良とはいえません。
免許証を隠すのは、不携帯でも運転できてしまうため得策とはいえず、キーを隠す、バッテリーをあげて車を動かせなくするなどの方法は、信頼関係を損なうおそれがあるので最終手段としたいところです。
運転免許の自主返納後に受けられる特典
認知症の人や高齢による身体能力、判断能力の衰えがある人に運転をやめてもらいたい場合に、免許の自主返納を行った人が自治体や一般企業から受けられる特典は、有力な説得材料となることがあります。
自主返納とは、有効期限が残っている運転免許を本人の意思で返納することです。ただし、免許停止処分や免許取り消し処分を受けている人、有効期限が切れた人は自主返納することができません。
運転免許証は身分証明書として使われることも多く、「免許返納してしまうと身分を証明するものがなくなってしまう」という声を反映して、返納後は身分証として使える「運転経歴証明書」の申請ができるようになっています。
免許を自主返納した場合の主な特典には、以下のようなものがあります。
公共交通機関の割引
運転をやめた後の移動手段に困らないよう、公共交通機関の料金割引が用意されています。バス、電車料金の割引や優待、指定タクシー業者の運賃割引などがあります。
デパート、スーパーの配送料の割引
車がないと不便な大きな買い物に対して、デパートやスーパーによる配送料の割引や、配送料無料サービスを行っている企業があります。
老後の生活についての割引
メガネや補聴器購入の割引、遺影の撮影費用の割引、葬儀代金の割引、遺言や相続の相談が初回無料などの特典があります。
具体的な特典は自治体によって異なりますので、各都道府県や都道府県警のウェブサイトで確認してください。
<東京都の例>
・物流-引越の通常料金の10%割引(2企業)
・銀行-店頭金利0.05%加算(5企業)
・ホテルーレストラン・バーラウンジにて10%割引(12企業)
・デパート・スーパー-自宅への配送料無料、割引など(6企業)
・警備-加入料金割引など(2企業)
・趣味・娯楽-ボーリングゲーム料金割引、カラオケボックス料金割引、はとバス料金割引、旅行代金割引、温泉利用料割引、観劇チケット割引、水族館・プラネタリウム入場料割引など(19企業)
・理容・美容-施術料金割引(2企業)
・交通-タクシー料金10%割引など(4企業)
・メガネなど-メガネ一式、コンタクトレンズ10~20%割引など(11企業)
このほか、各商店街が独自に行っている割引サービスや粗品進呈、葬儀やお墓の用意など終活に関するサービスで、墓石・仏壇・仏具等の割引、葬儀費用の割引などが、いくつかの企業から提供されています。
最新の道路交通法改正案
2020年3月3日に、高齢ドライバーの事故対策を盛り込んだ道路交通法改正案が固まり、2022年に施行される予定となりました。
具体的な改正内容は以下のとおりです。
・75歳以上の「道路における交通の危険性を生じさせるおそれがある者」について交通技能検査(実車試験)を行う
・「道路における交通の危険を生じさせるおそれがある者」とは一定の違反・事故歴がある者である
・該当する交通違反や事故の内容は今後検討するが、スピード違反や信号無視などが想定される
・実車試験は更新期限の6カ月前から何度でも受験可能
・会場は各都道府県の運転試験場や自動車教習所となる見込みで、結果が基準に達しない場合は免許の更新を認めない
・実車試験に合格しても、認知機能検査を経て認知症と診断された人は免許取り消しとなる
安全運転サポート車とは
高齢ドライバーによる死亡事故の特徴として、正面衝突等、人対車両、追突等が7割を占めています。また、死亡事故を分析した結果、75歳以上の高齢ドライバーは操作不適が最も多く、ブレーキとアクセルの踏み間違いによる死亡事故は、全体に占める割合は小さいものの、75歳未満の運転者による死亡事故と比べて9倍以上となっています。
そこで、日本国内の主要自動車メーカーは「セーフティ・サポートカー」(通称:サポカー)を積極的にラインナップに導入しています。
サポカーに搭載されるのは
- ①自動ブレーキ
- ②ペダル踏み間違い時加速抑制装置
- ③車線逸脱警報
- ④先進ライト(自動切替型前照灯、自動防眩型前照灯また配光可変型前照灯
の4つで、装備の有無により3つのグレードに分けられています。
サポカーには、安全運転サポート車両の購入補助金、後付けのペダル踏み間違い急発進抑制装置導入の補助金が支給されます。
まとめ
高齢ドライバーに運転免許を返納してもらうために、各自治体や多くの民間企業では、自主返納者に対して数々の特典を提示しています。また、免許返納以外の選択肢として、各自動車メーカーが売り出しているサポカーがあります。
どの方法が高齢ドライバーや認知症を持っている人と、家族や周囲の人たちにとってベストの選択なのか、答えはひとつではありません。
しかし、交通事故ゼロは誰もが願っていることです。高齢ドライバーの周囲の人たちは、高齢になり認知症になっても、変わらず運転を続けたいという気持ちは尊重しながらも、スムーズに運転免許を返納してもらうよう努力したいものです。
高齢になったドライバーも、自分の運転能力が衰えてきたのは加齢による自然現象であって、人格や品格を損なうものではないと十分に理解することが大切です。