配偶者居住権とは
民法には人が死亡した場合に、被相続人の財産がどのように承継されるかなどに関する部分があり、相続法とも呼ばれています。
この相続法について、高齢化が進展する社会経済の変化が生じてきて平成30(2018)年7月に、相続法制の見直しを内容とする「民法及び家 事事件手続法の一部を改正する法律」などが成立しました。
配偶者居住権とは「配偶者が相続開始時に居住していた被相続人所有の建物を対象として、終身または一定期間、配偶者に建物の使用を認めることを内容とする法定の権利」というものです。
いわば、相続後居住用不動産の所有権を相続できなかった配偶者が、そのまま居住用建物に住み続けることのできる権利です。
なお、配偶者居住権は令和2(2020)年4月1日から施行されました。
配偶者居住権創設の背景
配偶者居住権が作られた背景は、従来の法律では、被相続人の死亡によって残された配偶者が同じ持ち家に住み続けられないという問題が生じていたからです。
具体的には、残された配偶者以外に子どもなどの相続人がいる場合、配偶者の相続分が住んでいた家の相続評価額以下であれば、不動産を売却し現金化して分割相続しなければならないなど今までの家に住み続けることができない問題がありました。
例えば、被相続人である亡くなった夫の遺産が5,000万円の不動産価値がある住宅と、2,000万円の現金とします。
相続人が残された妻と娘一人のみの場合で、家には亡くなった被相続人の妻1人が住んでいて、娘は結婚し別の家に住んでいる場合、妻と娘の法定相続分は2分の1ずつです。
そのため、それぞれ合計7,000万円の相続財産の2分の1の3,500万円ずつを相続することになります。
妻が今までの家に住み続けたい場合、娘に相続財産の現金2,000万円に加えてあと1,500万円を別途用意するか、できない場合は不動産を売却し現金化し分割し、結果的に家を出なければならないことになるという問題があります。
配偶者居住権という使用権と所有権の分離による活用
建物についての権利を「負担付きの所有権」と「配偶者居住権」に分け、遺産分割の際などに、配偶者が「配偶者居住権」を取得し、配偶者以外の相続人が「負担付きの所有権」を取得することができるようにしたものです。
配偶者居住権は、自宅に住み続けることができる権利ですが、完全な所有権とは異なり、人に売ったり、自由に貸したりすることができない分、評価額を低く抑えることができます。
このため、配偶者はこれまで住んでいた自宅に住み続けながら、預貯金などの他の財産もより多く取得できるようになり、配偶者のその後の生活の安定を図ることができます。
配偶者居住権という使用権と所有権の分離により配偶者居住権のメリットを活かすことができます。
先ほどの例で、被相続人である亡くなった夫の遺産が5,000万円の価値がある住宅と2,000万円の現金で、相続人が妻と娘一人(結婚し別居)の場合、残された配偶者である妻が5,000万円の住宅に配偶者居住権を設定すれば、配偶者の相続分が3,500万円の場合、配偶者居住権分3,500万円、娘の相続分である負担付き所有権分1,500万円分に分割することが可能になります。
また、娘には現金2,000万円が加えられます。
ただし、実際には配偶者も現金がないと生活に困るため、現金も一定額相続するのが一般的です。
配偶者居住権を利用できる条件
配偶者居住権を利用できる条件は、以下の点になります。
相続開始時にその不動産で配偶者が居住していた
相続開始時に被相続人と別居していた配偶者でも、以下のような場合は配偶者居住権を利用できます。
・被相続人が2つ以上建物を持っていて、被相続人と配偶者が被相続人所有の建物に別居していた場合
・被相続人が介護施設、老人ホームなどに入居し、配偶者が被相続人の家で一人暮らししていた場合
なお、被相続人の保有していない物件で別居している配偶者には、配偶者居住権は認められません。
相続人である
相続人廃除または相続欠格の対象となった配偶者は、配偶者居住権および配偶者短期居住権を行使できません。
配偶者短期居住権
配偶者居住権と隣接した権利に、配偶者短期居住権というものがあります。
配偶者居住権は終身の権利ですが、配偶者短期居住権には有効期間があります。
その期間は、相続開始から6ヶ月間、または、遺産分割が決まってその住宅を取得する人が決まった日のいずれか遅いほうです。最低でも6ヶ月間は保障されます。
また、配偶者居住権の対象は建物全体ですが、配偶者短期居住権の対象は建物の居住部分のみです。
残された配偶者が配偶者居住権を取得できない場合でも、配偶者短期居住権は認められます。
配偶者居住権に関する現状
以下が配偶者居住権に関する現状です。
配偶者居住権が認められる対象
配偶者居住権が認められる適用対象は建物全部です。
もし建物に居住部分以外にテナントなどがあっても、それを含めて建物全体が配偶者居住権の対象になります。
存続期間
配偶者居住権の存続期間は原則、終身です。
残された配偶者が亡くなるまで配偶者居住権は適用されます。
ただし、相続人間の遺産分割協議などで存続期間を設定することもできます。
利用方法
配偶者居住権の対象となる建物の利用方法は、相続開始前と同じでなければなりません。
例えば建物の一部を居住用に使い、別の部分をテナントにして賃貸ししていた場合、相続後も同じように利用しなければなりません。
配偶者居住権を取得する方法
生存している配偶者が配偶者居住権を取得するためには次の点があります。
生存している配偶者が配偶者居住権を取得するには、被相続人の遺言書にその内容が書かれているか、相続人間による遺産分割協議で決める必要があります。
配偶者が亡くなったからといって、生存している配偶者に自動的に配偶者居住権が与えられるわけではありません。
なお、配偶者が婚姻してから20年以上の夫婦である場合は、配偶者居住権を設定しても、原則として遺産分割で配偶者の取り分が減らされることはありません。
通常、被相続人が意思表示をしていない限り、被相続人が配偶者に財産を生前贈与又は遺贈をした場合は、遺産分割において、配偶者は既に相続財産の一部の先渡しを受けたものとみなされます。
しかしながら、婚姻期間が20年以上の夫婦の間でされた居住用の不動産の生前贈与又は遺贈については、被相続人は残された配偶者の老後の生活保障を厚くするつもりで行われたものと推定されるため、被相続人が異なる意思表示をしていない限り、相続財産の先渡しとして取り扱われません。
価額の決め方
遺産分割の際に配偶者居住権の価値を評価する際は、相続人たちで自由に決めることができますが、基本となるのは、建物の耐用年数、築年数などの点です。
配偶者居住権の基準となる建物の評価額は時価を用います。
配偶者居住権に関する今後
配偶者居住権は新しい権利分野で、今後運用に関しては注意すべき点があります。
配偶者に注意義務が求められる
配偶者が配偶者居住権を行使するときは「善良な管理者の注意」を持っていなければなりません。
家の所有権が他の相続人にあるためです。
配偶者居住権の登記をしないと不利益を被る場合もある
配偶者居住権を取得したら、登記しておき権利を明確化することが大切です。
万一負担付き所有権を持っている相続人が、その権利を第三者に譲渡してしまった場合でも、配偶者居住権が登記されていれば権利的に対抗でき、家を明け渡さなくても済みます。
なお配偶者居住権の登記は建物部分だけが対象で土地は対象ではありません。
相続税の課税対象となる
建物の固定資産税は建物の所有者が納税義務者とされているため、配偶者居住権が設定されている場合であっても所有者がこれを納税しなければなりません。
もっとも、配偶者は、建物の通常の必要費を負担することとされているので、建物の所有者は、固定資産税を納付した場合にはその分を配偶者に対して請求することができます。
建物の取り壊しや改造、売却は認められない
所有権と使用権は異なるため、配偶者居住権者には建物の取り壊しや改造、売却は認められません。
ただし、必要な修繕は認められます。
どうしても民法における処分行為をしたいときは、建物の所有権のある他の相続人と相談・合意することが必要です。
配偶者居住権取得のための準備
配偶者居住権取得のためには、遺言書か遺産分割協議が必要です。
そのため、夫婦とも生存中に、配偶者が配偶者居住権を取得する旨を遺言書に書き準備しておくことが大切です。
遺書がない場合は相続人間の遺産分割協議が必要になってきます。
配偶者居住権の遺産分割の協議が調わないときは、家庭裁判所に遺産分割の審判の申立てをすることによって配偶者居住権を取得できる場合があります。
また、生存配偶者が配偶者居住権を取得できない場合でも、配偶者短期居住権は認められます。
まとめ
従来、被相続人の遺言や遺産分割等の内容によっては、残された配偶者の住む場所や生活が危ぶまれる事態が発生することがありました。
しかし、改正民法が施行されたことで、長期的に住居を得られる配偶者居住権と、最低6ヶ月は住居が保障される配偶者短期居住権により改善されました。
そのため、配偶者居住権は超高齢者社会に適した権利といえるでしょう。
一般的に男性より女性のほうが長生きし、夫に先立たれた妻が住み慣れた家を追い出されるのは高齢女性にはつらいものです。
生存配偶者は配偶者居住権を取得することで家に住み続けることができます。
ただし、新しい制度のため居住権の実際の運用や適用できない場合など、問題が出てくることも考えられます。