はじめに
被相続人が亡くなり相続が開始されると、相続人は、原則として被相続人のすべての権利義務を引き継ぐことになります。
このことを「包括承継」と呼び、この権利義務には、財産だけではなく債務も含まれます。
しかし、債務の中で相続税の計算上控除できるものとできないものがあります。
控除できるものとできないものを含め、相続財産から控除できる債務の全体について紹介します。
債務控除とは
相続税は、亡くなった人の財産に一定の税率を乗じて相続税額を計算します。
この財産の中には、土地、建物、現預金、有価証券などのプラスの財産だけでなく、亡くなった人に借入金や未払金などの負債などの債務があった場合は、相続税を計算するときに被相続人が残した借入金などの債務を遺産総額から差し引くことができます。
この相続財産から負債をマイナスすることを、相続税では債務控除といいます。
この債務控除は財産を圧縮することが可能なので相続税の節税につながります。
遺産総額から差し引くことができる債務の要点
差し引くことができる債務は、被相続人が死亡したときにあった債務で「確実」と認められるものです。
被相続人に課される税金で、被相続人の死亡後相続人などが納付又は徴収されることになった所得税などの税金については、被相続人が死亡したときに確定していないものであっても、債務として遺産総額から差し引くことができます。
また、債務控除出来る債務であるためには、被相続人が負っている債務であって、現実に存在するものでなくてはいけません。
相続開始日時点で、負っている債務であることが必要です。
ただし、相続人などの責任により徴収されることになった未払い延滞税や加算税などは遺産総額から差し引くことはできません。
債務控除の対象となる債務の具体例
債務控除の対象となる債務は、具体的には下記のようなものになります。
・銀行などの金融機関からの借入金
・その他個人などからの借入金
・亡くなった後に支払う所得税、住民税、固定資産税などの公租公課
・病院に対する未払医療費
・亡くなった人が使用していた期間に限る、水光熱費、電話代などの公共料金等の未払金
・賃貸不動産のテナントから預かっている敷金
・買掛金などの事業上の未払金
債務控除の対象とならない債務
債務控除の対象とならない債務は、具体的には下記のようなものになります。
・団体信用生命保険で補填される住宅ローン
・墓地や仏壇などの非課税財産に係る未払金
・保証債務
・亡くなった後に発生するその他の費用
相続財産の名義変更費用、相続税申告にかかる税理士報酬、遺産分割交渉等に係る弁護士報酬、戸籍謄本など身分関係書類を取得するための諸費用、信託銀行などに支払う遺言執行報酬などになります。
葬式費用
葬式費用は債務ではありませんが、相続税を計算するときは遺産総額から差し引くことができます。
債務控除を利用できる人
債務控除が利用できるのは、相続人と包括受遺者です。
これらに該当する人は、プラス財産とともに、債務であるマイナス財産も相続することになります。
そのため、債務控除の利用対象者となります。
債務控除を利用できない人
以下に該当する人は、債務控除を利用できません。
・特定受遺者
・相続放棄をした者
・制限納税義務者
特定受遺者とは、被相続人が遺言により遺贈する財産をあらかじめ決めており、それ以外の財産は受けとらない人を指します。
もともとマイナス財産は相続しないため、債務控除は利用できません。
また、相続放棄してすべての財産を相続しない人や、海外に住んでいるなど制限納税義務者に該当する人も債務控除を利用できません。
ただし、相続放棄をした人は葬式費用についてのみ、債務控除が受けられます。
また、制限納税義務者は国内財産にかかる債務については、債務控除を受けることができます。
相続財産から控除できる債務の現状
相続財産から、控除できる債務かどうかや注意点の現状では次のような点があります。
親族からの借入金
金融機関のような第三者からの借入金の場合には、客観的な債務として問題なく控除の対象となりますが、親族などの特殊な関係のある者からの借入金については、税務署のチェックがあります。
・借入の経緯
・契約の内容や契約書の有無
・借入時の預金の動き
・返済の状況
これらの点のチェックの上で適正な借入であれば債務控除の対象となります。
連帯債務
被相続人が連帯債務者であるときの債務控除は、被相続人の負担すべき金額が明らかなときは、その明らかになっている金額が債務控除の対象となります。
なお、被相続人以外の連帯債務者が返済不能の状態で、その者に請求することができないときは、その返済不能部分のうち被相続人が負担すべき金額についても債務控除の対象となります。
保証債務
保証債務については、原則として控除の対象となりません。
これは、保証債務が確実なものとは言えないためです。
ただし、主たる債務者が返済不能で、かつ主たる債務者からその金額を回収出来る見込みがないときは、返済不能部分の金額は、控除の対象となります。
団体信用生命保険付きの住宅ローン
一般の住宅ローンについては、金融機関の借入金のため債務控除の対象となります。
ただし、団体信用生命保険が付いている住宅ローンについては、死亡と同時に保険金により住宅ローンの残債が補填されますので債務控除の対象とはなりません。
ちなみに、団体信用生命保険は死亡保険金とは別のものなので、みなし相続財産にも該当しません。
未払い医療費
被相続人の亡くなった後に、支払った被相続人に関わる医療費は債務控除の対象となります。
また、最後の入院費等と一緒に死亡診断書の文書料を支払う場合もあり、この文書料も債務控除の対象です。
正確には債務というよりも葬式費用として債務控除の対象とします。
固定資産税
被相続人が亡くなった後に納付した固定資産税・都市計画税については、債務控除の対象となります。
・延滞金、督促手数料
被相続人に係る固定資産税等の納付を、相続人が納付期限までに支払わなかった場合にはペナルティーである延滞金等が別途賦課されます。
この延滞金や督促手数料は、相続人の責任で納付が遅れたためで債務控除できません。
これに対し、被相続人の責任で納付が遅れ延滞金等を死亡後に請求されたものについては、債務控除の対象となります。
その他の控除可能な債務
上記以外にも、控除可能な債務があります。
債務控除の対象となる確実な債務における「確実」とは
控除できる債務は「確実」なものに限ると定められていますが、特に書面によるものでなくても構わないとされています。
また、債務の金額が未確定であっても、債務の存在が確実であれば、確実と認められる金額の範囲内で控除することができます。
交通事故の加害者が亡くなった場合には、被害者への損害賠償金などを債務控除できることになります。
葬式費用の範囲
葬式費用の範囲は、仮葬式、本葬式及び葬式の前後に発生した費用で通常必要と認められる費用を含みます。
戒名料、葬儀に参列した弔問客の車代、葬儀手伝いの方へのお礼などは債務控除の対象となりますが、香典返しの費用や、墓石の購入費用、初七日や四十九日の法事に要した費用などは控除することはできません。
被相続人に固有の債務
債務の性質上、被相続人のみの債務と考えられる一身に専属する義務については、相続財産から差し引くことはできません。
たとえば、親権者の地位、扶養義務者の地位に基づく義務から発生したもの、離婚した場合の財産分与する義務などは、相続財産から差し引くことはできません。
相続財産から控除できる債務のための準備
債務控除のための準備は以下になります。
領収書の保管
債務や葬式費用の領収書は、対象になるかどうか不明なものも含めて、必ず保管しておきます。
相続税申告書に正確な情報を記載するためや、税務調査が入ったときのために証拠書類として重要です。
領収書がない費用はメモを残す
お寺のお布施や心づけなど領収書がもらえなかった場合の費用でも、支払った金額や内容をメモに残しておけば債務控除として認められます。
領収書がない場合でも忘れずにメモに残しておく必要があります。
契約書類の整理
債務控除の対象となる債務で、銀行などの金融機関からの借入金の証書、亡くなった後に支払う所得税、住民税、固定資産税などの公租公課の請求書、病院の未払医療費の請求書、水光熱費、電話代などの公共料金等の請求書、その他未払金に関する請求書類を整理しておきます。
今後請求が発生するもののメモ
その時点で請求書が来ていないものでも、すでに買い掛けの発生しているものをメモしておきます。
債務控除できる人の確認
債務控除できる人の要件を認識し、自分が該当するかを確認します。
まとめ
相続では、相続人は、原則として被相続人のすべての権利義務を引き継ぎます。
プラスの財産も負債などのマイナスの財産もトータルで引き継ぐのが原則です。
しかし、相続税計算では、債務や葬式費用は控除でき、差し引くことができる債務は、被相続人が死亡したときにあった債務で確実と認められるものである必要があります。
債務になるかどうか不確定なものは含むことができません。
また、被相続人の債務で相続開始の際、被相続人が負っている債務であって、現実に存在するものでなくてはいけません。
相続開始日時点で、負っている債務であることが必要で死後に発生したものは含まれません。