遺産相続と争族
遺産をめぐる争いは資産家だけの話ではありません。
家庭裁判所で調停や審判があった遺産分割事件では、約3分の1を遺産額1000万円以下の事件が占め、全体の4分の3上を遺産額5000万円以下の事件が占めています。
財産が少なくても相続ではもめる可能性があるのです。
遺産をめぐって調停や審判に持ち込まれる件数は、相続の発生数全体からすればわずかですが、相続をきっかけに親族の関係がこじれてしまうケースはかなりの数になるでしょう。
事例を通してどのようなケースで争いに発展するのかと、可能な予防策などについて触れます。
遺産相続が争続になる7つのケース
遺産相続をめぐる争いになりやすいケースを知っておけば、予防対策も立てやすくなります。
争いのケースにはある程度のパターンがあります。
特定の相続人が被相続人の介護・世話をしていたケース
最も多い、もめるケースです。
子どもの1人が親と同居して介護や生活面での面倒を見ていたという場合、介護をしていた人は、苦労が多く自分は多く貰って当然と主張します。
一方他の兄弟姉妹は、相続については法定相続分を主張し、場合により同居していた分、住居費や生活費はかからなかったと主張する人も出てきます。
対処法は、寄与分を主張することです。
被相続人の生前にその財産の維持や増加に貢献した相続人には、寄与分が認められ、遺産分割において特別な考慮がされます。
近年の相続法改正により、同居家族で配偶者の妻など相続人以外の一定の親族であっても、被相続人に特別の寄与をした者に対しては、特別寄与料の請求が認められるようになりました。
特定の相続人が被相続人から多くの資金援助を受けていたケース
兄弟姉妹のうち1人だけが、結婚資金や住宅購入資金などで大きな金銭的援助を受けていた、海外留学や大学院進学まで親から教育資金を援助してもらっていた、同居家族が親から生活費の援助を受けていたなどが該当します。
もらったほうは、特別な援助を受けたとの意識はなかったとしても、援助を受けていない人からは不公平感を持つでしょう。
資金援助だけでなく、親の財産を使い込んでしまっている相続人がいるケースもあります。
認知症等の親がいる場合で財産管理に不安があるケースでは、成年後見制度を利用し、同居家族の使い込みを防ぐことができます。
主な財産が自宅不動産程のケース
主な財産が自宅不動産ぐらいしかない場合、配偶者や相続人である子どものうちの1人が同居していた場合などは、財産の分割でトラブルになる可能性があります。
自宅不動産が住まいであれば、売却するわけにはいきません。
不動産は、分割することが難しい、価格の評価が難しい、共有では納得できない、換金希望とそうでない人の意見の相違、単独で取得してそのまま住み続けたい人とそうでない人など、難しい面がありトラブルになりがちです。
対処法として、土地などの不動産をそのまま分ける「現物分割」、売却してお金に換金して分割する「換価分割」、不動産を相続した人が他の相続人に金銭で払う「代償分割」、相続人が共有する「共有分割」があります。
被相続人が離婚・再婚しているケース
被相続人に離婚歴がある場合、前妻の子や後妻との関係等で相続に大きな影響を及ぼします。
前妻の子どもも法定相続人であり、遺産相続を受ける正当な権利があり、嫡出子、非嫡出子に関係なく同じ権利を持っています。
さらに、それぞれの結婚期間や結婚時期も問題になるでしょう。
被相続人が高齢になってからの再婚では、前妻の子は相続財産狙いの結婚だと思われかねません。
離婚歴があり前妻・後妻それぞれに子がいる場合には、相続発生後にそれぞれが権利を主張して争いに発展しやすくなります。
予防策としては遺言の作成が必須となります。
子どもがいない夫婦のケース
子どもがいない夫婦の場合には、相続人の範囲が広くなり、相続トラブルに発展する可能性が高くなります。
その場合、第2順位の親や祖父母が相続人となり、他界している場合には、第3順位の兄弟姉妹が相続人となります。
被相続人が遺言を作成することがトラブル回避になるでしょう。
受遺者に多額の贈与のあるケース
被相続人が遺言を残し、相続人以外の第3者に遺贈している場合も考えられます。
特に、内縁者に対してあり得ることです。
対処法は、遺言により遺留分を侵害された場合は、相続人は遺留分請求の意思表示により最低限の遺産を確保します。
認知症である親に特定の相続人が書かせた疑いがあるケース
遺言は被相続人の意思を実現するもので被相続人が自由に決定できる事柄ですが、特定の相続人のみに有利な内容の遺言書の場合があります。
当然他の相続人は、認知症である親に特定の相続人が書かせたと思いトラブルに発展します。
対処法としては、遺言書の効力を確認することです。
遺言書には、形式面の要件や作成時の判断能力、さらには作成時の状況などにより、家庭裁判所が遺言書自体を無効とする場合があります。
認知症の疑いがある場合は医師の意見書なども必要になります。
遺産相続を争続にしないための準備
遺産相続をめぐる準備には、個々の特殊性に対応したものもありますが、次のような予防策があります。
遺言は相続トラブルの予防策の基本
すべての相続トラブルの予防策には遺言の作成が重要で、遺言書によりトラブルは未然に防げます。
内容に不満はあっても被相続人の意思には従わざるを得ないということです。
特に、下記のような場合は複雑なため遺言が必要です。
・前妻、後妻の間にそれぞれ子どもがおり、子ども同士を争わせたくない
・認知した子がいて、その子にも財産を残してあげたい
・家業の承継と継続の希望があり特定の相続人に任せたい
・世話になったので、特別に財産を多く与えたい人がいる
・夫婦間に子がいないので配偶者に全財産を相続させたい
・遺産を与えたくない相続人がいる
・遺産を特定の団体に寄付したい
ただし、特定の相続人に法定相続分より多くの財産を取得させる場合は、他の相続人の遺留分を侵害しないように気を付ける必要があります。
遺留分とは、一定の条件を満たす相続人に対して最低限の遺産相続分を保証する相続割合のことで、遺言書の内容に関わらず保障されるものです。
公正証書遺言の作成
遺言書は、自筆証書遺言で作成することもできますが、公証人が関与する公正証書で作成しておけば、無効になってしまうリスクはなくなります。
また、公正証書遺言は公証人や第3者の証人が立会いのもと作成されるため、遺言内容が本人の意思によるものかをめぐって争いになる可能性も減ります。
さらに、作成した遺言書の原本は公証役場で保管されるため、遺言書の紛失や、偽造・改ざんといったトラブルも回避できます。
家族信託契約の締結
家族信託とは、商事信託と違い、営利を目的としない信託のことです。
親族などの近い関係にある方が受託者となることが多く、基本的には報酬も発生しません。
信託契約の内容が、かなり柔軟に設定できるので、遺言書では不可能な孫の代の2次相続以降の財産承継者の指定なども可能です。
例えば、1次相続の権利は妻にするが妻が亡きあとの2次相続については、自分の家系の親族に相続させたいという希望を実現できます。
公平な生前贈与
相続人等への生前贈与は、財産のスムーズな移転や節税対策としての効果も期待できるものです。
生前贈与は特に相続対策を意識せず行われることも多いため、結婚資金や住宅の購入資金、孫の教育資金などの贈与の結果、大きな差が生まれる場合もあります。
あまりにも贈与額に偏りがある場合は、遺言書で贈与された額が少ない相続人に多く相続させ、付言でそのことに触れておくなどの対策もあります。
不動産の生前処分と金融資産への転換
主な財産が自宅不動産のみであり、以前からそこで暮らしていた相続人がいる場合、遺産分割でもめる可能性が非常に高いです。
代償金の支払いで解決するという手もありますが、そのための資金が手元にない場合もあるでしょう。
他に方法がない場合は、生前に不動産を処分し、金融資産に換えてしまうことです。
ただし、金融資産は不動産に比べて、相続税評価の面では不利になります。
特に居住用不動産の場合、同居する子どもが相続すれば、小規模宅地等の特例の適当を受けることができるため、節税面での効果は大変大きいことは忘れてはなりません。
最も大事なのはコミュニケーション
トラブルは本質的には発生するかもしれませんが、少なくとも普段からコミュニケーションが取れていて、お互いの状況がよくわかっていればトラブル起こる可能性は低くなります。
特に、同居と別居の苦労の違いを理解し合うことが重要です。
遺産相続を争続にしないために
平成30(2018)年7月に、相続法制の見直しを内容とする「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」などが成立し、その中で、被相続人の死亡により残された配偶者の生活への配慮等の観点から、配偶者居住権の創設があり令和2(2020)年4月1日より施行されました。
配偶者居住権とは
配偶者居住権とは、配偶者が相続開始時に居住していた被相続人所有の建物を対象として、終身または一定期間、配偶者に建物の使用を認める権利です。
相続後居住用不動産の所有権を相続できなかった配偶者が、そのまま居住用建物に住み続けることができます。
配偶者居住権という使用権と所有権の分離
建物についての権利を「負担付きの所有権」と「配偶者居住権」に分け、遺産分割の際などに、配偶者が「配偶者居住権」を取得し、配偶者以外の相続人が「負担付きの所有権」を取得することができるようにしたものです。
配偶者居住権は、自宅に住み続けることができる権利ですが、完全な所有権とは異なり、人に売ったり、自由に貸したりすることができない分、評価額を低く抑えることができます。
このため、配偶者はこれまで住んでいた自宅に住み続けながら、預貯金などの他の財産もより多く取得できるようになり、配偶者のその後の生活の安定を図ることができます。
配偶者居住権を利用できる条件
配偶者居住権を利用できる条件は次の点です。
・相続開始時にその不動産で配偶者が居住していたこと
・相続人であること
配偶者居住権が認められる対象
配偶者居住権が認められる適用対象は建物全部です。
存続期間
配偶者居住権の存続期間は原則、終身です。
残された配偶者が亡くなるまで配偶者居住権は適用されます。
生存している配偶者が配偶者居住権を取得するための要件
生存している配偶者が配偶者居住権を取得するには、被相続人の遺言書にその内容が書かれているか、相続人間による遺産分割協議で決める必要があります。
配偶者が亡くなったからといって、生存している配偶者に自動的に配偶者居住権が与えられるわけではありません。
遺産相続を争続にしないための注意点
以下のことに注意しておけば、遺産相続を争族とならないようにできるでしょう。
被相続人による遺言の準備
被相続人となる人は、相続が複雑な関係で争いになる恐れがあるときは、必ず遺言書を準備することが必要です。
遺言書は、公正証書遺言が確実でしょう。
遺言では法定相続人の遺留分を侵さないことに注意
遺贈で特定の人に贈与することはできますが、他の相続人の遺留分を侵してはなりません。
多くの場合遺留分は法定相続分の2分の1です。
介護、看護で世話になった人への特別寄与制度の理解
長男の嫁に代表される、相続人ではない一定の親族について、介護などに代表される貢献を特別な寄与と捉え特別寄与料の請求権が認められました。
この理解が必要です。
公平な生前贈与の検討
公平な生前贈与ができるかを検討します。
被相続人が生前に受遺者と話し合えるので確実性はありますが、公平にできるかがポイントです。
不動産の換金化
複数の不動産があり分割が難しい場合は、金融資産化し換金するのが便利です。
ただし、自宅不動産しかない場合は配偶者の住まいの問題があります。
配偶者居住権の理解
新設の配偶者居住権について理解が必要です。
まとめ
遺産相続を争族としないためには、 被相続人は遺言書を準備することが重要です。
争いを避けるためには公正証書遺言書が望ましいでしょう。
相続の争いがこじれれば家庭裁判所での調停、審判に発展します。
しかし、実際には調停となっても利害関係は譲れない場合が多くまとまりにくく、結果として法定の配分率になってしまうケースが多いです。
また、介護の特別寄与の制度は認められましたが介護の料金算定も一般的に低く扱われています。
相続法改正で一定の前進はありますが新設の権利の定着化までは時間はかかると言えるでしょう。