楽しい終活ライフ「ヘルスツーリズム」

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はじめに

シニア世代の人のなかには、定年退職や子どもの独立など、ライフスタイルの大きな変化を迎える人が多くみられます。家のローンや教育費の負担も終わり、少しのんびりしたいと考える人もいるでしょう。

2015年に東京海上あんしん生命が行ったアンケート調査によると、定年退職後にやりたいこと1位は「旅行」、2位「働き続ける」、3位「芸術」、4位「料理」、5位「スポーツ」でした。また、DeNAトラベルの「退職後の過ごし方」に関する調査でも、1位は「旅行」、2位が「働き続けること」という結果がでています。

シニア世代に入ると、金銭的には子どもが巣立って出費が減り、退職金などのまとまった収入があったり、自由な時間が増えたりして、今まで行けなかった場所への旅行を考える人が多くなるのでしょう。同時に、60歳前後では健康診断の数値が気になる人、生活習慣病を指摘される人、漠然と自分の健康状態に不安を覚える人も増えてきます。

近年、新たな旅行のかたちとして「ヘルスツーリズム」への注目が高まってきています。この記事では、健康増進をしながら旅行を楽しむ「ヘルスツーリズム」とはどのようなものか、事例を挙げながら紹介します。

ヘルスツーリズムとは

ヘルスツーリズム(Health Tourism)を、ひとことで言えば「医学的な根拠に基づいた健康回復や維持、増進につながる観光」を指します。近年、観光に対するニーズが多様化し、個人や少人数グループでの体験型・交流型の要素を取り入れた新しいタイプの旅行に関心が高まっています。

そのような、従来の旅行とは異なり、旅先での人や自然とのふれあいを重視した旅行を「ニューツーリズム」とよび、ヘルスツーリズムもそのひとつにあたります。ニューツーリズムとよばれるもののなかにはほかに、産業観光、エコツーリズム、グリーンツーリズム、文化観光などがあります。

NPO法人日本ヘルスツーリズム振興機構では、ヘルスツーリズムを以下のように定義しています。
「健康・未病・病気の方、また老人・成人から子どもまですべての人に対し、科学的根拠に基づく健康増進(EBH:Evidence Based Health)を理念に、旅をきっかけに健康増進・維持・回復・疾病予防に寄与するもの」
(引用元:NPO法人日本ヘルスツーリズム振興機構)

日本には歴史的に、湯治という文化があります。温泉の効能で治療を行う湯治は、江戸時代中期に庶民のあいだに普及したといわれ、現在も温泉は人気の高い旅先です。近年はヘルスツーリズムとして、温泉地のみならず、地元の食材を活用した健康食を楽しむツアーや、インストラクターとともに山野を歩くツアーなど、レジャー的要素が大きいプログラムも増えています。

ヘルスツーリズム認証制度とは

健康志向の高まりとともに注目が集まっているヘルスツーリズムですが、まだ歴史が浅く、ビジネスとしての取り組みは実験段階の地域もあり、利用者側としても、プログラムが安全かつ費用に見合うだけの品質が期待できるのだろうか、という不安がありました。

そこで、経済産業省では2016年から「健康寿命延伸産業創出推進事業」の一環として「ヘルスツーリズムの品質認証制度」を開始しました。ヘルスツーリズムプログラムの品質を評価することで、利用者が安心して有効利用できるよう、ヘルスツーリズム認証委員会が行う第三者認証サービスが、ヘルスツーリズム認証です。
※ヘルスツーリズム認証委員会は、NPO法人日本ヘルスツーリズム振興機構、一般財団法人日本規格協会、一般社団法人日本スポーツツーリズム推進機構の3者で構成されています。

品質の「見える化」をはかることが目的

この認証制度はヘルスツーリズムプログラムを「安心・安全への配慮」、「楽しみ・喜びといった情緒的価値の供給」、「健康への気づきの促進」の3つの柱からサービスを評価・認定するものです。具体的には以下の内容が評価されています。

  • ①安全性について

    プログラム提供に必要な体制の整備、緊急時対応プロセスの明確化

    スタッフ育成のための研修、設備・備品の定期点検の実施

    参加者に対する適切な情報発信、参加者の健康状態確認の実施

  • ②有効性について

    参加者に健康への気づきを与えるプログラムか

    参加によって生活習慣改善意欲が向上したか

  • ③価値創造性について

    参加者が楽しいと感じる工夫、満足度を聴取しプログラムを改善

    地域特有のプログラムの組み込みや、地域活性化への貢献

    品質認証によるメリット

この認証制度により、健康意識の高い利用者が自宅などの日常から離れた場所で、健康増進と旅行を同時に体験でき、その品質が保証されることで安心してプログラムを選ぶことができます。

サービスを提供する事業者側にとっても、認証マークによって安心安全なサービスを提供していることをアピールするマーケティング効果があり、健康志向の高い国内外の旅行者に対して有効なPRが可能になります。

<認証プログラム一覧>
https://htq.npo-healthtourism.or.jp/member/

ヘルスツーリズム推進地

日本ヘルスツーリズム推進機構のホームページ上で、ヘルスツーリズム推進地の一覧を閲覧できます。ヘルスツーリズムは①スポーツ/アクティビティ、②リラクゼーション、③ヘルシーフードの3つのカテゴリーに分けて紹介されています。ぜひ参考にしてください。

  • ①スポーツ/アクティビティ

    「運動」を旅のテーマとし、地域の観光を楽しみながら体を動かすプログラムで、大自然のなかでウォーキングやトレッキングを楽しむことができます。日ごろの運動不足を解消し、運動することの心地よさを体験します。

    温泉地でのリハビリを目的としたプログラムでは、経験豊富なリハビリ旅行療法士(理学・作業療法士/看護師)が同行するプログラムも提供されています。

  • ②リラクゼーション

    「休養」を旅のテーマとしたプログラムです。療養・休養を目的とした湯治宿に看護師が常駐して入浴指導や湯治相談を行うもの、森林浴によるリフレッシュ効果を体験するものなどがあります。また、室内温泉プールやトレーニングルームの設備がある宿で、中期から長期療養を提供するプログラムもあります。

  • ③ヘルシーフード

    「栄養」を旅のテーマにしたプログラムで、その土地ならではの素材を楽しむものです。医食専門家である「メディシェフ」による料理を楽しんだり、地場産野菜を豊富に使った料理を味わったりすることができます。食物アレルギーのある人にも対応が可能です。

<ヘルスツーリズム推進地早見表>
https://www.npo-healthtourism.or.jp/pdf/htarea.pdf

ヘルスツーリズムの今後

この数年で、全国各地で健康をテーマにした観光、地域活性化の取り組みが増加中です。また、利用者側も旅行になんらかの付加価値を求める人が増えてきました。

ヘルスツーリズム事業のキーワードで多いのが、順に「温泉(温泉療法)」、「運動」、「食」です。ヘルスツーリズムの取り組み件数が多い長野県は、温泉地数も北海道に次いで2位にランキングされています。日本人は世界一お風呂好きな国民といわれ、温泉の人気は今後も衰えることはないでしょう。

さらに、ヘルスツーリズムが注目される理由は、様々な効果が期待できるからと考えられます。その効果には、①社会的な効果、②経済的な効果の二つの側面があります。

  • ①社会的効果

    ヘルスツーリズムの社会的効果として、もっとも期待が大きいのが医療費抑制です。日本では平均寿命が年々延伸し、高齢化に伴い医療費負担も増加しています。国も自治体も病気の早期発見・早期治療による医療費の抑制に取り組んではいますが、困難な状況にあります。

    ヘルスツーリズムがさらに大きく注目され、供給する自治体や事業者が増えることで、国民の健康意識が高まり医療費の抑制につながることが期待されています。

  • ②経済的効果

    経済面では、ヘルスツーリズムが地域経済の活性化につながることが期待されます。ヘルスツーリズムの需要が拡大することで、ホテルや旅館の宿泊施設、レストランや食堂、土産物店も繁栄します。鉄道やバス、タクシーなどの運輸業、食材を提供する農林水産業や食品製造業にも波及効果が期待できます。

    ヘルスツーリズムへは今後も関心の高まり、需要の拡大が期待できますが、人口や社会資源(事業者やボランティア、施設等)は地域により差があるため、地域の実情に応じたヘルスケアサービスの構築が不可欠です。

ヘルスツーリズムの事例

以下に、さまざまなプログラム内容の ヘルスツーリズムを紹介します。

癒しの森のセラピーウォーキング

千葉県南房総市で行われる、日帰りプログラムです。

特徴
森林セラピー基地に認定されている大房岬自然公園で行う、森と海を活用するドイツの気候療法を取り入れたプログラムです。森林セラピーは医学的・科学的に解明された森林浴の効果により、森の環境を利用して癒し効果を感じ、心身の健康維持・増進、疾病予防につなげます。

健康テーマ
メタボリックシンドローム・生活習慣病、身体活動・運動、休養・こころの健康

プログラム内容
南房総国定公園のなかにある大房岬自然公園は、海と森の両方を年間を通して楽しめる施設です。潮風を浴びながら森林浴を楽しみ、ゆったりとした時間の流れのなかで健康への気づきが得られる内容となっています。

  1. オリエンテーション、健康チェック(15分)
  2. ウォーミングアップ・準備体操・ストレッチ(15分)
  3. 砂浜タラソウォーク&ビーチコーミング(15分)
  4. ストレッチ、座観(15分)
  5. 森林セラピー、要塞跡見学(15分)
  6. ストレッチ、記念撮影、脈拍・皮膚表面温度測定(15分)
  7. 香り体験、音当カルタ(ネイチャーゲーム)(10分)
  8. ハンモックで休憩(20分)
  9. 森林セラピー(15分)
  10. ストレッチ、健康チェック、アンケート記入、ふり返り(15分)

乳がんリハビリヨガ

兵庫県神戸市で行われる、日帰りプログラムです。

特徴
年々罹患者数が増加している乳がんに対応します。このプログラムでは、専門知識を持つ乳がんリハビリヨガインストラクターが心身をサポートし、同じ病気の人同士がプログラムを介して体験を共有します。

健康テーマ
生活習慣病、運動、こころの健康

プログラム内容

  1. ヨガプログラム(60分)
  2. 天然温泉入浴(60分)

リハビリ旅行

東京都板橋区で行われる、宿泊プログラムです。

特徴
非日常空間での解放感や英気を醸成、プログラムをともにする仲間とのあいだで相互的なプラス効果を期待するものです。

健康テーマ
メタボリックシンドローム・生活習慣病、身体活動・運動、休養・こころの健康

プログラム内容
リハビリ旅行は、参加者の体力を考慮しゆったりした行程になっています。旅行中はリハビリや身体活動とともに、公共機関や観光資源に触れて情緒的な体験も織り交ぜたプランになっています。
(1日目)

  1. 新宿駅に集合、特急あずさで長野県茅野市へ(2時間30分)
  2. 駅階段での昇降プログラム(30分)
  3. 宿泊ホテルでの温泉プログラム(1時間)

(2日目)

  1. 温泉街リハビリロードでの歩行プログラム(1時間)
  2. ホテル移動後、温泉プログラム(1時間)

(3日目)

  1. 駅階段での昇降プログラム(30分)
  2. 茅野駅から新宿駅へ、解散(2時間30分)

プログラムの目的
リハビリ旅行では、外出機会の少ない要介護者や障害を持つ人の旅行サポートを行います。参加者にはあらかじめ旅先でのバリア情報を提供し、そのバリアを排除してバリアフリーを利用するのではなく、バリアをリハビリの用具として活用します。

旅行後には参加者の意識や行動の変化、自立の促進、心身の改善などが期待できるプログラムになっています。要介護・要支援の人、障害を持っている人、その家族の人に勧められています。
※参考:ヘルスツーリズム認証委員会

まとめ

ヘルスツーリズムはまだ歴史の浅い試みとはいえ、湯治などは転地療養として昔から利用されてきました。近年、ヘルスツーリズムが扱う内容は、健康増進のための運動や温泉を利用したリハビリ療法のほか、美容に重点をおいたメディカルエステ、ストレス緩和のための瞑想やヨガ、座禅、糖質やカロリー、塩分や脂質に配慮した健康食の提供など、多岐にわたるようになりました。

今後、旅行中の健康効果だけにとどまらず、旅行をきっかけとした健康意識の高まりやQOL(生活の質)の向上が期待されるでしょう。