はじめに
2020年4月、「日本人の食事摂取基準」が5年ぶりに改定されました。最新版で注目すべきは、高齢者の低栄養やフレイルへの対応、生活習慣病の予防に重点をおいた「推定エネルギー必要量」の目安が記載されたことです。
日本人の食生活が豊かになるにつれ、エネルギーの過剰摂取による肥満をはじめ、さまざまな生活習慣病のリスクが高まりました。そのため、やせているほうが健康的というイメージをもつ人が多いようです。しかし、やせている高齢の人は低栄養によるフレイル(虚弱)やサルコペニア(筋肉減少症)が隠れていることがあり、やせることが健康によいとは限らないのです。
もちろん太りすぎは、シニア世代になるとひざや腰にかかる負担が大きくなり、心肺機能にもよい影響はありません。高齢の人のなかには減量が必要な人も多くいますが、若いころのダイエットとシニア世代のダイエットでは、目標とする体重にも、減量の仕方にも違いがあります。
ひとことで言えば、シニア世代の目標は「しっかり食べて、ほどよくやせる」ことです。
シニア世代のダイエット事情
ダイエットは、若い女性がするものというイメージがありますが、中高年以降も体形をよくし、若々しく健康でいたいという願いを多くの人がもっています。シニア世代の人がダイエットをしたいと思ったきっかけや理由はさまざまです。主なものを挙げてみることにしましょう。
健康診断の数値が正常範囲を超えていた
生活習慣病といわれる糖尿病、高血圧症、脂質異常症などは、初期症状がほとんどありませんが、健診で血糖値、中性脂肪、LDLコレステロール、尿酸値の値が基準値を超えている、血圧が高いなどの指摘を受けることがあります。これらの値が高いに人は太り気味の人が多く、減量指導を受けることもあり、ダイエットのきっかけになります。
洋服がきつくなった
退職後に一気に5~10㎏ほど体重が増えることも珍しくなく、現役時代の洋服が入らなくなる人もいます。不経済なだけでなく、外見を気にする人にとっては見た目の問題も大きく、ダイエットのきっかけになります。
ひざや股関節の痛み
適正体重をオーバーした分の体重の、約3倍の負荷がひざや股関節にかかるといわれます。10㎏増えた人は、30㎏もの負荷がかかっています。変形性ひざ関節症や変形性股関節症は、肥満がまねく整形外科の病気の代表的なものです。ひざや股関節の痛みはとてもつらく、QOL(生活の質)を著しく低下させるため、発症した人は減量しなくてはいけません。
健康寿命を妨げるフレイルとサルコペニア
肥満が生活習慣病を引き起こし、健康寿命を縮めることはよく知られています。ところが、逆にやせすぎの状態も問題であることは見逃されがちです。
健康寿命の妨げになる要因として、近年注目されているのが「フレイル(虚弱)」と「サルコペニア(筋肉減少症)」です。このふたつの背景にあるのが「低栄養」といわれ、これだけものの豊かな日本では意外に思う人もいるでしょうが、高齢者の低栄養が健康寿命の妨げになっているのが現状です。
フレイルとは
加齢にともない、心身の活力が低下し、運動機能や認知機能が衰えている状態で、放置すると要支援・要介護状態に進行していきます。低栄養がフレイルの加速に関与していることがわかっており、適切な介入により要支援・要介護への進行を遅らせることが可能です。早期発見、早期治療が有効です。
サルコペニアとは
低栄養による体重減少で筋肉量が減り、身体機能が低下した状態です。転倒したり骨折したりしやすくなり、寝たきりのリスクを高める要因となります。フレイル同様、早期発見、早期治療で改善が見込めます。
目標体重は年代によって異なる
さて、中高年以降のダイエットは外見の問題もさることながら、QOLの維持・向上や健康寿命の延長に直結します。
そこで、ダイエットをする人は、どれくらい減量すればよいのか、目標を設定することが第一段階になります。
若いころよりも身体へのダメージが大きくなりますので、シニア世代の無理な減量は禁物です。無理なダイエットとは、短期間で体重を落としたり、結果重視の厳しい食事制限(断食を含む)をしたりすることです。
目標体重を知るには
自分の体重が適正かどうかを知るには、まず「目標体重」を割り出します。
目標体重は「BMI(Body Mass Index)」を使って求めることができます。BMIとは、ボディマス指数または体格指数とよばれ、身長と体重から肥満度を計算するものです。
自分の現在のBMIを求める計算式は「体重(㎏)÷身長(m)÷身長(m)」です。以下に一例を示します。
・Aさん(65歳):身長155cm、体重が65㎏で、BMIは、65÷1.55÷1.55=27.1
・Bさん(65歳):身長175cm、体重が65㎏で、BMIは、65÷1.75÷1.75=21.2
になります。
最近の体重体組成計は、身長を登録しておけば自動的にBMIが表示されますので、利用するのもよいでしょう。
従来の判定基準
これまではBMI=22が標準体重とされてきました。よって、適正体重を計算するには、次の計算式を用いることになります。
適正体重=身長(m)×身長(m)×22。
この計算式に当てはめると、Aさんの適正体重は52.9㎏、Bさんの適正体重は67.4㎏です。
AさんとBさんはともに65歳で、体重は同じく65㎏ですが、身長が20cm違うため、それぞれの適正体重は異なります。またBMI= 22を基準とすると、Aさんは太りすぎ、Bさんは少しやせ気味になります。
新たな判定基準
これまで標準体重とされてきたBMI=22に関して、BMIと死亡率との関連性を調査した最近の研究では、もっとも死亡率が低くなるBMIの値が20~25と幅があることがわかってきました。
また、目標とするBMIは年齢により異なり、若いころの体重を目標に減量する必要はないことが明らかになっています。
改定された「日本人の食事摂取基準」(2020年版)では、高齢者が目標とするBMIが見直されました。2015年の基準では50~69歳がBMI 20.0~24.9、70歳以上が21.5~24.9だったところ、65歳以上が目標とするBMIの下限は下記のように21.5とされました。
【目標とするBMIの範囲(2020年版)】
・18~49歳・・・ BMI 18.5~24.9
・50~64歳・・・ BMI 20.2~24.9
・65歳以上・・・ BMI 21.5~24.9
Aさん(65歳、155cm、65㎏)の場合、65歳以上のBMI範囲から計算すると、51.7㎏~59.8㎏が適正体重です。ちなみにAさんの20歳ころの体重は50㎏でBMIは20.8、その年齢の適正範囲内でした。
現在のAさんは、15㎏体重が増加していますが、20歳当時の50㎏まで減量すると基準値を下回り、むしろやせすぎによる弊害のほうが大きくなります。
Bさん(65歳、175cm、65㎏)の場合は、65.8㎏~76.3㎏が適正体重で、やや基準値を下回っています。Bさんのようにやせ気味の人は、食事量に気を付けながら、体重を減らさないようにします。
最適なエネルギーバランスを知る
健康を維持するにはまず自分の目標体重を知り、その範囲内に体重が収まるように調整することになります。目標体重が決まったら、1日に必要なエネルギー量を知ることが大切です。
2020年4月に改定された「日本人の食事摂取基準」には、高齢者の低栄養やフレイルの予防、生活習慣病の予防に重点をおいた「推定エネルギー必要量」の目安が記載されています。
推定エネルギー必要量は、1日の活動量、性別、年齢ごとに設定されており、自分に適切なエネルギー量を確認することができます。
ふだんの活動量を以下のタイプのなかから選ぶ
・生活の大部分で座っていることが多い ➡ 身体活動レベルⅠ
・家事や買い物、運動での移動がある。軽いスポーツを行う習慣がある ➡ 身体活動レベルⅡ
・立ち仕事や移動が多い。活発な運動習慣がある ➡ 身体活動レベルⅢ
性別、上記の身体活動レベル、年齢により必要なエネルギー量が決まる
【男性】
・50~64歳
身体活動レベルⅠ ➡ 2,200kcal
身体活動レベルⅡ ➡ 2,600kcal
身体活動レベルⅢ ➡ 2,950kcal
・65~74歳
身体活動レベルⅠ ➡ 2,050kcal
身体活動レベルⅡ ➡ 2,400kcal
身体活動レベルⅢ ➡ 2,750kcal
・75歳以上
身体活動レベルⅠ ➡ 1,800kcal
身体活動レベルⅡ ➡ 2,100kcal
【女性】
・50~64歳
身体活動レベルⅠ ➡ 1,650kcal
身体活動レベルⅡ ➡ 1,950kcal
身体活動レベルⅢ ➡ 2,250kcal
・65~74歳
身体活動レベルⅠ ➡ 1,550kcal
身体活動レベルⅡ ➡ 1,850kcal
身体活動レベルⅢ ➡ 2,100kcal
・75歳以上
身体活動レベルⅠ ➡ 1,400kcal
身体活動レベルⅡ ➡ 1,650kcal
出典:日本人の食事摂取基準(2020年版)「日本人の食事摂取基準」策定検討会報告書
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586553.pdf
バランスのよい食事をとるには
「バランスよく食事をしましょう」ということばをよく目にしますが、では「バランスのよい食事」とは具体的にどのようなものでしょうか。
私たちのエネルギーのもとになる栄養素に、「たんぱく質」「炭水化物」「脂質」があります。この3つの栄養素はそれぞれ異なる働きをしているため、適切なバランスで摂取することが重要です。
たんぱく質
筋肉や体の組織のもとになる、大切な栄養素です。不足すると筋肉量が落ち、高齢者では体力低下やフレイル、サルコペニアにつながることもあります。卵、牛乳、肉、魚、豆類に多く含まれます。
炭水化物
エネルギーのもとになる重要な栄養素で、糖類を含む糖質と食物繊維から成っています。糖類を多く含む菓子や果物の食べすぎは、肥満やほかの栄養素の摂取不足につながるので注意が必要です。食物繊維を多く含む、炭水化物の雑穀米や精製度の低い穀類は多めにとっても問題ありません。ごはん、パン、麺類に多く含まれます。
脂質
エネルギー源であるとともに、細胞膜を作ったり、脂溶性ビタミンを運搬したりする役割があります。過剰摂取は肥満の原因になります。油、バター、マーガリンなどに多く含まれます。
上記のように、3つの栄養素にはそれぞれ重要な役割があり、摂取の過剰も不足も問題になります。たんぱく質、炭水化物、脂質の適切なバランスは年齢によって若干異なり、脂質と炭水化物のパーセンテージは全年代共通ですが、たんぱく質は高齢者のフレイル予防に重要な栄養素のため、50歳からは下限が高くなっています。
【栄養素の適切なバランス】
・18~49歳
たんぱく質:13~20%
脂質:20~30%
炭水化物:50~65%
・50~64歳
たんぱく質:14~20%
脂質:20~30%
炭水化物:50~65%
・54歳以上
たんぱく質:15~20%
脂質:20~30%
炭水化物:50~65%
出典: 日本人の食事摂取基準(2020年版)「日本人の食事摂取基準」策定検討会報告書
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586553.pdf
かんたんな栄養バランスのとりかた
年齢、性別、身体活動レベルから自分に最適なエネルギー量を知り、3つの栄養素の適正な摂取割合もわかりました。
ただ、毎日の食事のカロリーを計算したり、食事の都度たんぱく質、脂質、炭水化物の割合を計算、計量したりするのは少しめんどうと感じるかもしれません。そのような場合は、自分の手で分量を量る「手ばかり」を活用することもできます。自分の手の大きさを基準として、食品の分量を量ってゆく方法です。
・主食(炭水化物)
ごはんの量は毎食、軽く握ったこぶし1個分を目安にします。
・主菜(たんぱく質)
肉か魚を手のひらの大きさと厚みのものを毎日、大豆製品、牛乳、卵も毎日とります。1日の合計量が、両手に収まるくらいの量になるようにします。
・副菜(ビタミン、ミネラル、食物繊維)
たっぷり食べても肥満にならない野菜やきのこ、海藻類は、両手いっぱいの緑黄色野菜、両手2杯分のその他の野菜、きのこ、海藻と覚えておきましょう。
食事のとりかたにも工夫を
高齢者の低栄養による体力低下、サルコペニアやフレイルが問題になっています。フレイルは食事内容そのもの以外に、食事をする環境や生活スタイルでも起こることがあります。
1日3食
高齢になるとともに、一度に食べられる量が少なくなります。そのため、1日に必要なエネルギーは、1日3食を食べないと摂取することが難しくなります。食事を抜かないようにしましょう。
孤食より共食
一人暮らしの高齢者が年々増加し、一人で食事をとる人が多くなってきました。家族や友人と一緒に食べると食欲が出たり、ふだんより多くの量やいろいろな種類のものが食べられたりします。
一人暮らしの人でも、意識して誰かと食事をする機会を持つようにし、また周囲も共食の機会を与えるように心がけます。
多様な食材を食べる
たんぱく質、炭水化物、脂質の3つの栄養素と、ビタミン、ミネラル、食物繊維が豊富な野菜、海藻、きのこ類を過不足なくとります。シニア層では特にたんぱく質の不足が筋肉量の低下に直結するため、肉、魚、卵、豆腐、牛乳、ヨーグルトなどを積極的にとります。
嗜好品に注意する
甘い菓子類、アルコール類は糖質が多く、体に必要な栄養分はほとんどありません。毎日とらないようにする、少量にするなどを心がけましょう。糖質ゼロの酒類もありますが、高齢になってからは酔いによる転倒リスクも高いため、注意が必要です。
まとめ
年齢とともに体重が増加する人も多く、シニア層では肥満による健康障害が問題視されています。若いころのようなスリムな体型と健康を取り戻したいと、ダイエットに励む人もいるでしょう。
一方で、加齢による低栄養が問題になることも見逃してはいけません。自分の適正体重を知り、必要なエネルギー量を割りだすことが健康につながります。中高年の人は、若いころのようなダイエットをする必要はなく、むしろ危険をともなうことも心得ておきましょう。
人の体は、その人が口にした食べ物から成り立っています。中高年以降は筋肉を減らさないために、たんぱく質が不足しない食事をしましょう。
日本は四季の気候変化があり、それぞれの季節に旬の食材がとれるため、豊かな食文化を楽しむことができます。日本の食を味わいながら、健康寿命を延ばしていきたいものです。