年金の受け取り開始はいつからが得?

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はじめに

年金の受給は65歳が標準ですが、繰上げ受給も、繰下げ受給もできます。特に政策の動きが激しいのが繰下げ受給です。

2020年5月29日に年金制度改正法が成立し、6月5日に公布され、現在70歳までとなっているの繰下げの年齢が、75歳までに拡大されました。施行期日は2022年4月です。

しかし現状では、年金の繰下げ受給は普及していません。厚生労働省の調査によると、2019年4月時点で、受給権者全体の中で繰下げをした人の割合は、厚生年金で0.7%、国民年金全体で1.3%でした。6割程度の人が標準の65歳を選択して、残りが繰上げ受給をしています。

70歳からの繰下げ受給額では最大42%、75歳からの受給額では最大84%の加算がつくのですが、注意点もあります。本記事では、年金の繰下げ受給制度について紹介します。

年金の75歳までの繰下げ受給の選択制度

前項で、年金の繰下げ受給には加算がつくことを紹介しました。繰下げの年齢は、年金制度改正法によって70歳から75歳に広がりましたが、選択することによって、どのような利点があるのでしょうか。

繰下げ上限年齢

年金の支給開始年齢は、原則として65歳です。ただし、繰下げ受給を選択することができ、現在の70歳までの上限が、法改正により2022年4月からは75歳に引き上げられます。

繰下げをした場合の年金受給額0.7%(1カ月)増額

繰下げ受給を選択した場合には、繰下げ1カ月につき、現在は年金額が0.7%増額されます。70歳から受給開始した場合には42%増額、75歳から受給開始にした場合には84%増額になります。

ただし、年金受給額が増えると税・社会保険料負担が増えて、手取りベースでは年金増額率ほど増えないことがあります。また、繰下げ受給を選択しても加給年金や振替加算は増額されないほか、本人死亡後に遺族年金を受給できる者がいた場合の遺族年金は増額されません。

対象の年金の種類

繰下げは、老齢基礎年金(国民年金部分)と老齢厚生年金(厚生年金部分)が対象となります。老齢厚生年金と老齢基礎年金を、それぞれ個別に繰下げ時期を選択できます。

なお、特別支給の老齢厚生年金には「繰下げ制度」はありません。

特別支給の老齢厚生年金は、60歳以上で65歳になるまでの期間に設定された受給制度で、受給要件は次の点です。
厚生年金の被保険者期間があって、老齢基礎年金を受けるのに必要な資格期間を満たした方が65歳になったときに、老齢基礎年金に上乗せして老齢厚生年金が支給されます。

ただし、当分の間は、60歳以上で

  • ①老齢基礎年金を受けるのに必要な資格期間を満たしていること
  • ②厚生年金の被保険者期間が1年以上あること

という受給資格を満たしている方には、65歳になるまで、老齢厚生年金が特別に支給されます。

繰下げ請求と増額率

支給の繰下げを申し出た日の年齢に応じてではなく、月単位で年金額の増額が行われることになります。また、その増額率は一生変わりません。

・増額率=(65歳に達した月から繰下げ申出月の前月までの月数)×0.007

年齢の計算は「年齢計算に関する法律」に基づいて行われ、「65歳に達した日」とは、65歳の誕生日の前日になります。

・現在の繰下げ請求時の年齢と増額率
請求時の年齢      増額率
66歳0ヵ月~66歳11ヵ月 8.4%~16.1%
67歳0ヵ月~67歳11ヵ月 16.8%~24.5%
68歳0ヵ月~68歳11ヵ月 25.2%~32.9%
69歳0ヵ月~69歳11ヵ月 33.6%~41.3%
70歳0ヵ月~       42.0%

「老齢基礎年金」繰下げ請求にかかる注意点

繰下げできるのは、他年金の権利が発生するまでの間です。

65歳に達した日から66歳に達した日までの間に、遺族基礎年金、障害基礎年金(老齢厚生年金の繰下げについては、障害基礎年金を除く)もしくは厚生年金保険や共済組合など被用者年金各法による年金(老齢・退職給付を除く。昭和61<1986>年改正前の旧法による年金を含む。)を受ける権利がある場合は、繰下げ請求をすることはできません。

「老齢厚生年金」繰下げ請求にかかる注意点

同様に繰下げできるのは、他年金の権利が発生するまでの間です。

また、繰下げ請求は、老齢厚生年金の権利発生から1年以上待ちます。
65歳に達した日以後に、年金の受け取りに必要な加入期間を満たして老齢厚生年金を受ける権利ができた方で、繰下げ請求を予定している場合は、その受ける権利ができた日から、1年を経過した日より後に繰下げ請求ができます。

*日本年金機構「老齢基礎年金の繰下げ受給」
https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/roureinenkin/kuriage-kurisage/20140421-06.html

年金の繰下げ受給を損得で考えると

受給開始時期の選択の幅が広がった、年金の繰下げ受給。加算がつくことは先述の通りですが、総合的にみて、繰下げ受給は得なのでしょうか。ここでは、増額分の金額や日本人の平均寿命などと絡めて考えてみます。

繰下げ受給の金額増メリット

1カ月繰り下げるごとに0.7%増額されるので、1年間で8.4%増額されます。70歳まで繰り下げると42%、75歳まで繰り下げると84%増えた金額が、終身で続きます。

元が取れる期間は12年弱

繰り下げ期間中、もらえなかった金額を受給開始後の増額で取り戻せる年齢は、何歳で受給開始した場合も受給開始後12年弱です。つまり70歳受給開始なら82歳弱、75歳受給開始なら87歳弱です。

平成29(2017)年時点の日本人の平均寿命は、男性81.09歳、女性87.26歳ですから、平均寿命まで生きるとすると、男性はほぼトントン、女性は得ということになります。
最近では、平均寿命も大きく延びており、長生きすれば年金額の増加による恩恵はあります。

年金繰り下げ時の注意事項

繰下げ受給による加算にばかり目を向けていると、思わぬところで制約を受けることがあるかもしれません。この項では、年金を繰り下げたことによって変わることを考えてみます。

  • ①加給年金

    厚生年金保険の被保険者期間が20年以上ある人が、65歳到達時点で、その人によって生計を維持されている65歳未満の配偶者などがいるときに、加給年金が加算されます。

    加給年金は、いわば年金受給者の家族手当というべきものです。

    65歳以上の人で、65歳未満の配偶者がいる場合、配偶者が65歳になるまで加給年金が支給されますが、老齢厚生年金を繰り下げると、繰下げ期間中は、加給年金を受け取ることはできません。

    対策としては、年金の繰下げは、老齢基礎年金と老齢厚生年金それぞれでできるので、老齢基礎年金だけ繰下げ、老齢厚生年金は繰下げなければ、加給年金をもらうことができます。

    配偶者の方との年齢差が大きければ、その分の年数が加給されるのでメリットが比較的大きい部分です。

  • ②在職老齢年金

    就労しながら老齢年金を繰り下げた場合、老齢基礎年金には影響がありません。しかし、老齢厚生年金は本来の年金額から、在職による支給停止分を差し引いたうえで、繰下げの増額が行われます。

    そのため、65歳以上で給与収入がある人の場合は、賃金(総報酬月額相当額。賞与を含めた年間報酬の月割額)と年金月額(老齢厚生年金)の合計が46万円までは厚生年金支給は停止されませんが、それを越えると一部停止されます。

    老齢厚生年金の月額平均月9万円の場合であれば(個人差あり)、月の賃金が37万円までは支給停止されません。65歳以上で働く大部分の人は、さほどの高収入ではないので、支給停止分がない範囲で収まるのが一般的です。

  • ③税金・社会保険料

    年金を繰り下げ受給すると、年金の額面は最大42%増えますが、収入が増えた分だけ、所得税、住民税、国民健康保険料、介護保険料が増えるので、手取り額は額面ほど増えません。

    税金や社会保険料は、年金額やほかの収入、扶養家族の有無、各種控除などで変わるので試算できませんが、額面の増加率から約10%近い減額を想定しておいた方がよいでしょう。

  • ④障害厚生年金および遺族厚生年金との関係

    65歳時点で遺族年金、または障害年金など、ほかの年金を受給している場合は、自分の年金を繰下げすることはできません。ほかの年金を受給することになった際には、メリットにならず、本来の金額にリセットされてしまいます。

    たとえば、老齢年金を繰下げ受給している本人が亡くなった場合、遺族年金計算の基礎となる金額は、繰下げにより増額された金額ではなく、本人が65歳時点で本来もらう年金額になります。

年金の繰下げ受給の今後は

少子高齢化による財源の圧迫から、政府は年金の繰下げ受給を促す施策をとっています。団塊の世代が後期高齢者になるのを目前に、高齢者人口はさらに増加することが見込まれます。年金の繰下げ受給の今後について考察します。

年金繰下げの背景

年金繰下げを促進する政策の背景は、年金財政の悪化により、年金の支給年齢自体を繰下げることにあります。現在、65歳からの年金支給を70歳からに引き下げる方向です。

支給年齢が下がれば年金の支給額は減り、年金財政を改善できるということですが、受給者にとっては、絶対的な受給額の減少につながります。年金財政が悪化した主たる原因は、高齢化により平均寿命がここまで延びることを想定していなかったことにありますが、年金財政の運用の杜撰さもあるでしょう。

年金支給を70歳に引き上げるため、企業に年金支給開始までのブランクを埋めるように70歳までの雇用を推進していく方向がとられ始めています。65歳までの再雇用を中心とした制度になっているのを、70歳までに引き上げる構想といえます。

ただし、現段階では経済界の反対もあり、強制的なものではなく、努力義務的な形で70歳までの雇用環境づくりが行われています。
具体的には、改正高年齢者雇用安定法が成立し、令和3(2021)年4月1日施行となっている「70歳までの就業機会確保」措置があります。

改正高年齢者雇用安定法の概要

趣旨としては、個々の労働者の多様な特性やニーズを踏まえ、70歳までの就業機会の確保について、多様な選択肢を法制度上整え、事業主としていずれかの措置を制度化する努力義務を設けるものとなっています。

現行制度は、65歳までの雇用機会を確保するため、高年齢者雇用確保措置として、「65歳まで定年引上げ」、「65歳までの継続雇用制度の導入」、「定年廃止」のいずれかを講ずることを事業主に義務づけていますが、改正高年齢者雇用安定法では、高年齢者就業確保措置の新設を次のように設定しています。

○事業主に対して、65歳から70歳までの就業機会を確保するため、高年齢者就業確保措置として、以下の①~⑤のいずれかの措置を講ずる努力義務を設ける。

○努力義務について雇用以外の措置(④及び⑤)による場合には、労働者の過半数を代表する者等の同意を得た上で導入されるものとする。

  • ①70歳までの定年引上げ
  • ②70歳までの継続雇用制度の導入(特殊関係事業主に加えて、他の事業主によるものを含む)
  • ③定年廃止
  • ④高年齢者が希望するときは、70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入
  • ⑤高年齢者が希望するときは、70歳まで継続的に下記を行う場合

a.事業主が自ら実施する社会貢献事業

b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業に従事できる制度の導入

年金の繰下げ受給のための準備

年金の繰下げ受給を考えた場合、どのような点を検討すべきでしょうか。ここでは、健康状態や経済状況、年金の見込み額など、繰下げ受給をするかどうかの判断材料を挙げています。

年金の繰下げ受給をするかどうかの判断

年金の繰り下げ受給のもとを取るには、受給開始から12年以上生きることが判断基準になります。いつまで生きるかはわからないものですが、現在の自分の健康状態、持病の有無と状況、家系における寿命の状況などが判断材料になるでしょう。

経済状況、就労の状況からの年金の必要性の判断

経済的に必要度が高ければ、年金の繰下げはせず、65歳で受給した方がよいでしょう。また、受給しても年金だけでは生活していけない状況であれば、65歳以降も働いていく必要があります。

経済的に余裕があり、預貯金や他の収入がある場合で、かつ、もとを取れる年齢まで生きて入れると思えるならば、繰下げ受給がメリットになります。

自分の年金額の想定

自分の年金額を知るには、日本年金機構から毎年誕生月に送られてくる「ねんきん定期便」があり、これまでの年金加入記録を確認できます。50歳以上であれば、年金の見込み額が分かります。

ただし、あくまでも現在の給料や賞与などを基準に、60歳まで年金の支払いが行われた場合のものなので、早期退職や転職があると前提が変わって数値が異なってきます。

年金の受け取り開始はいつからが得?-まとめ

年金の繰り下げ受給に関連して、受け取り開始はいつからが得なのかを検討してきました。ここでは、これまでの説明をまとめてみました。

(1) 繰下げの年齢が現在70歳までになっているのが75歳までに拡大されたこと。
2020年5月に年金制度改正法が成立、6月公布され、施行期日は2022年4月です。

(2) 繰下げをした場合の年金受給額0.7%(1カ月)増額
繰下げ受給を選択した場合には、繰下げ1カ月につき、現在は年金額が0.7%増額されます。70歳から受給開始した場合には42%増額、75歳から受給開始とした場合には84%増額となります。

(3) 対象の年金の種類
繰下げには、老齢基礎年金(国民年金部分)と老齢厚生年金(厚生年金部分)が対象になります。老齢厚生年金と老齢基礎年金をそれぞれ個別に繰下げ時期を選択できます。

(4) 年金の繰下げ受給の損得
もとが取れる期間は12年弱です。70歳受給開始なら82歳弱、75歳受給開始なら87歳弱です。現在の平均寿命は、男性81.09歳、女性87.26歳ですから、平均寿命まで生きるとすると、男性はほぼトントン、女性は得ということになります。

(5) 年金繰り下げ時の注意事項

  • ①加給年金

    加給年金とは、厚生年金保険の被保険者期間が20年以上ある人が、65歳到達時点で、その人によって生計を維持されている65歳未満の配偶者などがいる時に加算されるものです。

    配偶者が65歳になるまで支給されますが、老齢厚生年金を繰下げると、繰下げ期間中は、加給年金を受け取ることができません。

  • ②在職老齢年金

    就労しながら老齢年金を繰下げた場合、老齢基礎年金には影響がありませんが、老齢厚生年金は本来の年金額から、在職による支給停止分を差し引いた上で、繰下げの増額が行われます。そのため就労時の賃金の額には注意が必要です。

  • ③税金・社会保険料

    年金を繰下げ受給すると収入は増えますが、増えた分だけ所得税、住民税、国民健康保険料、介護保険料が増えるので、手取り額は額面ほど増えません。

年金の受け取り開始の3つのポイント

(1) 経済的に必要度があれば、年金は65歳で受給したほうがよいこと。

(2) 年金額だけでは生活できない場合は、年金を65歳で受給し、合わせて65歳以後も働く必要があること。

何歳まで働けるか、働くかは個人の状況と就労環境によります。非正規雇用にはなりますが、健康であれば働き続けることも必要です。預貯金額などとの関係で、いつまで働くかを判断します。

(3) 経済的に余裕があり、健康に自信のある人は繰下げ受給したほうがメリット
年金がなくても働かなくても、預貯金や他の収入で生活していける人もいるでしょう。健康に自信があり、平均寿命より長生きできそうであれば、繰下げ受給はプラスです。

年金の繰下げ受給は、いわばプレミアム付きの年金加給制度です。しかし、現実にはわずかの人しか繰下げしていません。いつまで生きられるかは不明なことと、複数のリスクがあるためです。生きていても、いつ病気をしたり、要介護になったりして費用がかさんでくるかもしれないため、不安感が大きいといえます。

また、将来の加給目的に年金を繰下げし、現在の生活を切り詰めるのがいいのか、逆に現在の生活を充実したいならば、繰下げはせず、余裕をもってむしろ早めに受給したほうが充実した生活を送れていいのかは、考え方次第です。