焼香のはじまり
焼香とは、天然の香木から作られた線香や「抹香(まっこう)」と呼ばれる粉状のお香に火をつけたり熱したりして香りを立たせることを言います。しかし、お香を焚く文化は、もともと日本になかったものです。お香の原料となる香木は、東南アジアやインドで多く採れる植物で、日本で栽培されているものではないからです。
焼香を初めて行なったのはインドでした。インドは暑い国ですので、お釈迦様が説法をするために人が大勢集まり汗をかくと、においが気になってお釈迦様は説法に集中できなくなりました。そこで、説法のときにお香を焚いてにおいを消したのが焼香の始まりとされています。また、葬儀の際には遺体から腐敗臭がしてきます。そのにおいを消すためにもお香を焚くようになりました。インドは香木が豊富に採れる地域ですので、お香文化は大きく発展し、広がっていきました。
そんなお香が日本に渡ってきたのは、仏教伝来と同じく西暦538年のことです。かぐわしいお香の香りは、そのまま極楽浄土に満ちている香りと考えられるようになりました。そして現世で焼香をしてお香の香りが広がることは、仏教の教えが広がることや徳がまんべんなく行き渡ることを表すようにもなりました。
現在、日本でいう焼香とは、通夜や葬儀で「抹香(まっこう)」と呼ばれる粉状のお香を指でつまんで、熱を持った香炉にぱらぱらと落として香りを出すことです。「香を燃やして香りを出す」という意味では、普段のおつとめで仏壇に線香をあげることも焼香にあたります。
焼香の意味とは?
もとはにおいを消すために始まった焼香ですが、時代と共にその香りに宗教的な意味合いが生まれるようになりました。焼香をしたときのお香の香りは極楽浄土に満ちている香りと考えられています。そして、極楽浄土から故人を迎えに来るときは、お香の香りに包まれて故人は極楽浄土にのぼると言われています。
また、焼香をして時間が経つと香の香りはなくなり、お香が灰になることは「人はいずれ灰になって消える」ことを意味しています。焼香は仏様や故人に香りを届けることだけではなく、焼香をする側にとっても大切なものです。焼香をすることによって、焼香する人の心と身体を清めて気持ちを落ち着けるという意味もあるのです。
通常、親しい人の訃報は前もって知ることはあまりありませんので、通夜や葬儀に参列するとき、ほとんどの人は心の準備ができていないと思います。気持ちが落ち着かないまま通夜や葬儀に参列したときに、まずは焼香をすることで気持ちを落ち着かせて雑念を払い、故人に向き合うことができます。
通夜や葬儀の焼香と、普段のおつとめの焼香はお香の形状が違うだけで、意味や目的は同じものです。焼香は、香の香りを故人や仏様に届けるものであり、心を落ち着かせて仏様に手を合わせるために心の準備をするものなのです。
焼香に使うお香の種類
焼香に使うお香は、大きく分けて4種類あります。
それぞれで原材料や香りが異なるため、故人や遺族の好みに合わせた種類を選びましょう。
抹香
香りが強く、魔よけの効果があると言われている「シキミ」という植物の皮と葉を乾燥させて砕いて、粉状にしたお香です。抹香は仏塔などに散布するために使われていましたが、現在は葬儀や法事のときに仏前で焚いたり、お焼香のときの火種にして使ったりします。
焼香
通夜や葬儀などで、香を焚く際に使われているお香のことです。
沈香、白檀、丁子、鬱金(うこん)、龍脳など数種類のお香を砕いて混ぜ合わせたものが焼香の基本となります。混ぜるお香の数や種類に応じて「七種香」「十種香」などと呼びます。
線香
お墓や仏壇で使用する棒状の線香のことで、いちばん見慣れているお香と言えます。この線香にも2種類あり、「杉線香」は香りや煙が強いため屋外のお墓参り用の線香で、「匂い線香」は、香りや煙が控えめですので屋内で主に使用する線香です。
塗香(ずこう)
インドなどでは汚れや邪気を払うために、香を身体に塗りますが、そのときに塗るお香を「塗香」と言います。日本では馴染みのない習慣ですが、塗香をおこなっている国では、香を焚いたり香を身体に塗ったりすることは仏様の前に立つときの最低限の身だしなみとされています。
焼香の種類
通夜や葬儀で行なわれる焼香には3種類あります。
事前にしっかりと把握して、本番で間違わないようにしましょう。
立札焼香
参列者が順番に祭壇に置かれた焼香台まで進んでいって、立ったまま行う焼香です。
座札焼香
座敷など、畳の敷いてあるところで葬儀を行う際の焼香で、座ったままで行なう焼香です。立札焼香のように、参列者が順番に焼香をしますが、焼香台までは中腰で移動するのが正式な方法で、立ち上がって焼香台まで歩いていくのはマナー違反とされています。
回し焼香
参列者が焼香台まで移動するのではなく、お盆に乗せられた焼香台を参列者が順番に回しながら焼香していきます。自宅で葬儀が行われる場合によく行われる焼香です。焼香台と香炉が乗ったお盆が回ってきたら、自分の前にお盆を置いて焼香を行い、焼香が終わったら次の人にお盆を回します。
焼香の作法
焼香には、このように3つの作法がありますが、焼香するときの基本的な動作は同じです。立札焼香や座札焼香の場合は、祭壇の手前で遺族と僧侶に一礼をして焼香を始めます。焼香台の前に立ったら一礼をして右手の親指・人差し指・中指の3本の指で抹香を少しつまみます。このとき、煙が出ていないほうの香炉からつまんでください。そのあと、つまんだ抹香をおでこに近づけてから、熱せられた香炉にぱらぱらと落とします。抹香をおでこに近づけることを「押し頂く」と言いますが、押し頂く回数と香炉に落とす回数などは宗派によって異なります。
焼香が終わったら遺影に合掌して一礼をし、祭壇から一歩下がって遺族や僧侶に対してもう一度一礼をして自分の席に戻ります。焼香をする際は故人と関係の深い人から行うもので、喪主→伴侶や親子→親族→一般の参列者の順になります。参列者は特に順番は決まっていませんので、葬儀会場の席に座っている順番で焼香をすることになります。セレモニーホールでの葬儀に参列している場合は、ホールのスタッフの指示に従えば大丈夫です。
焼香の宗派による違い
焼香の作法は宗派によって違いますが、葬儀に参列する場合は故人の宗派に合わせるのではなく、自分の宗派の作法で行なうのが基本です。自分の宗派と違う葬儀に参列しているとき、「周りの人と同じにしなくては」と思いほかの参列者の焼香を見ることに一生懸命になりがちですが、その必要はありません。自分の宗派の作法だけを覚えて、その焼香の作法ですればよいのです。
なぜ宗派によって焼香の作法が違うのかというと、それはそれぞれの宗派の考え方の違いによるものです。真言宗は「三」という数字を大事にしている宗派ですので、基本的に3回額に押し頂くこととされています。ただ、参列者が多い場合は1回でもよいと言われています。
曹洞宗では、焼香の際に抹香を香炉に落とす回数は2回とされています。1回目は故人の成仏を願ってお香を額に押し頂き、2回目は1回目の香を絶やさないための焼香で、このときは額には押し頂きません。浄土真宗本願寺派は焼香の回数は1回で、額に押し頂くことはしません。浄土宗、臨済宗、日蓮宗では押し頂く回数、香炉に落とす回数ともに決められた回数は特にありませんが、1回ずつ押し頂き香炉に落とすことが多いようです。
このように、宗派によって焼香の作法に違いはありますが、どの宗派も回数や作法よりも静かに手を合わせることと、心を清めることが大事だと考えています。作法にこだわるよりも、故人を悼む気持ちそのもののほうが尊いと考えられているのです。作法を守って美しく焼香をすることも大事ですが、心を込めて故人のことを想いながら焼香をしましょう。
まとめ
焼香は、香の香りで場を満たすことでその場にいる人に徳が行き渡るように、また故人が迷わず成仏できるように、という意味があります。そして、焼香は故人のためではなく、焼香をする側の心身を清めて心を落ち着かせるという意味もあります。親しい人の葬儀に参列するときは、動揺していることが多いことでしょう。そこで焼香をして心を落ち着かせることで、静かな気持でゆっくりと故人に向き合うことができるのです。
焼香の作法には宗派ごとに違いがありますので、葬儀に参列すると迷ってしまうことがあるかもしれませんが焼香は自分の宗派の作法で行なうものです。この機会に自分の宗派の焼香の作法をもう一度おさらいしてみましょう。
ただし、葬儀のときも、普段のおつとめのときも大事なのは心を込めて故人や先祖に向き合うことです。お香の香りで心を落ち着かせて、ゆっくりと手を合わせることが一番大切なのです。
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