喪中と忌中の一般常識

葬儀・仏事

喪中と忌中とは

喪中とは故人の死を偲ぶ為に設けられる期間とされています。死者を弔う姿勢を重視するため、喪中の間は慶事やお祝い事の企画や参加を控えるのが一般的です。喪中は、忌中も含む、より長い期間で喪に服す期間、つまり死を悼んで身を慎む期間です。亡くなった近親者への哀悼の気持ちをあらわすための期間であるため、昔は喪服を着て過ごしていたようです。

喪中は一般的に故人の死後一年間とされています。ただし喪中の期間は誰しも一定という訳ではなく、故人との続柄によって大まかな長さが決まっています。続柄はあくまでも目安で、喪に服するかどうかは最終的に常識の範囲内で本人が決めることであると言えます。

忌中は、死は穢れたものであるという神道の考えから生まれたもので、その穢れが他人にうつらないように外部との接触を断ち「自宅にこもって故人のために祈りを捧げて過ごす期間」を設けたのが由来です。本来は仏教とは関係のない言葉ではあるようですが、仏教においても四十九日の法要が終わるまでの期間を忌中と呼びます。

喪中が遺族のための期間であったのに対し、忌中は周囲への配慮のための期間といえます。ちなみに「忌服(きふく)」という言葉がありますが、これは忌中のみを指しているのではなく、喪中も含みます。「忌」と「服」という2つの期間から成り立ち、「忌」の期間中は穢れが移ってしまう事を避ける為に外部との接触を断ったと言われており、「服」の期間は亡くなった人に哀悼の意を示す期間とされており、大切な人を亡くした悲しみから徐々に立ち直るための時間でもあります。

喪中の期間

喪中も忌中も「身内の不幸に対して振る舞いを慎む」という点では共通していると言えます。故人に対する続柄によって、喪中期間の長さは以下のようになっています。

  • ①配偶者・父母:12~13カ月
  • ②子ども:3~12カ月
  • ③兄弟姉妹:3~6カ月
  • ④祖父母:3~6カ月

続柄で喪中の期間が設けられるのは2親等までが目安です。3親等以上の親族は喪中としない場合が一般的です。

忌中の期間

忌中の期間は、故人の死から数えて、仏式では四十九日、神式では五十日となります。仏式では四十九日法要が、また神式では五十日祭が終わった時が「忌明け」となります。日本での忌中という考え方は、中国から仏教が伝わった際に神道と結びついて神仏習合で一体化したと言われているものです。忌中も喪中も期間の起算日は故人の命日となっています。キリスト教では忌明けという考え方はありませんが、故人の死から1カ月後の召天記念日までと考えていいでしょう。

忌中期間の長さについて、喪中の場合は故人と2親等以内の続柄内で服喪期間の長さが異なっていましたが、忌中の期間にはそうした違いがありません。忌中期間の長さは故人と2親等以内であれば一律で仏式では四十九日間が基本となります。

職場における続柄で変わる忌服期間(忌引き)期間では、だいたい下記のような場合が多いです。

続柄:配偶者(夫・妻)期間:10日
続柄:両親(父・母)期間:7日
続柄:実子(子ども)期間:5日
続柄:祖父母 期間:3日
続柄:兄弟姉妹 期間:3日

喪中と忌中がない宗旨もある。

死を穢れと考えていない宗旨では喪中や忌中はありません。例えば、仏教の浄土真宗やキリスト教には、喪中・忌中の概念はありません。ただし、喪中も年賀欠礼状も社会的習慣として広く認知されていることなので、地域の慣習やお付き合いなどを考慮して決めています。

浄土真宗における「死」

浄土真宗では、阿弥陀様の力で人は亡くなるとすぐに極楽浄土へと旅立ち、仏様となると考えられています。亡くなった人はすぐに仏様になるので魂がさまよう事もなく、現世に穢れを残さないものとしています。死後苦しむ事なく成仏しているので、喪中のように故人の死を悼む必要性もないのです。

キリスト教における「死」

キリスト教の死に対する概念は「人が死ぬと神様の導きによって天国へ行き、現世の人間が死後天国へ行けば再会出来る」というものです。この場合も「死」を穢れたものとして捉えておらず、天国へ行けば故人と再会出来るので故人の死を悼む期間を特別に設けることはしません。

喪中と忌中に行うこと

喪中・忌中の期間に行っておくべきことを把握しておきましょう。

四十九日法要を執り行う

四十九日は仏教では故人の魂の行き先が決まる大切な日であり、四十九日法要は葬儀における一連の流れの中でも重要視される法事です。遺族としても忌明けを向かえ、気持ちを新たにして服喪期間を送る上でも大切な行事と言えるでしょう。四十九日法要までにも七日毎の忌日法要を行う場合や遺品整理など、故人に思いを馳せながらやらなければならないことがあります。また、四十九日法要後に納骨を行うのが一般的です。

香典返しを送る

葬儀参列者からの香典に対しては、香典返しを送るのが一般的です。ただし忌中の間は死の穢れを周囲に伝染させない事が目的なので、香典返しを送る時期としては適していないと言われています。香典返しを送るのは四十九日法要が終わって忌明けとなってからというのが通例です。忌明けは宗教的な意味合いで仏教では故人の魂の行き先が決まるタイミングであると同時に、遺族側が手続き的にも気持ち的にも落ち着きを取り戻す時期になります。

喪中はがきを送る

親しい間柄の人には喪中はがきを出して、新年の挨拶を控えてもらうことが一般的です。これは毎年年賀状をやり取りするような間柄である相手への配慮でもあるので、喪中はがきはやり取りが予想される相手には送ります。ただし、喪中はあくまでプライベートの事情であるという見方が一般的なので、仕事上の付き合いの相手や企業には喪中はがきを送らないのが一般的です。喪中はがきを送る時期は、相手が年賀状を用意する前なので、11月中旬か遅くとも12月初旬頃です。

喪中や忌中の期間に控えること

次に、喪中・忌中の期間に避けるべきことについても述べていきます。

年賀状

自分が喪中の時は「年賀欠礼」といって、新年の挨拶を避けるのが礼儀です。亡くなった親族との関係に従って、喪中の時期に当たる場合は年賀状を出さないのが日本では常識となっています。前述の「喪中はがき」を事前に送るのが一般的です。また、欠礼状を送っていない方から年賀状が届いた場合は松の内(1月7日)が過ぎたころに寒中見舞いを送ります。

初詣

お寺へ初詣するのか、神社へ初詣するのか少し異なります。お寺では、お正月には故人や先祖への新年の挨拶をするという考え方を取り、喪中でもお参りは問題ないとされています。一方、神社では、初詣に限らず一般的に五十日祭を終えて忌明けになるまで鳥居をくぐることは避けたほうが良いといわれています。

お年玉

お祝い事を控えるという意味でお小遣いと表記したりします。

慶事

忌中の慶事(結婚披露宴や祝賀会)への出席は控えます。忌が明けたら喪中でもよしとすることもあるようです。ただし、最近は喪中であっても招待してくれた新たに夫婦となる2人との関係等を考慮し、結婚式や披露宴に出席するケースも増えてきています。

神棚に触れること

忌中は神棚に触れてはならないとされています。期間中は「神棚封じ」といって半紙を貼り付け神棚の正面を隠すようにします。忌明けの喪中であれば大丈夫です。神棚のしめ縄や御札を新しく取り替えるのは五十日祭後がよいとされています。

お中元・お歳暮

贈答品は季節の挨拶の一つですので、お祝い事にはあたりません。特に気にする必要はありませんので贈ってよいものです。但し、こちらも忌中を避けるのが無難のようです。

喪中と忌中の歴史

明治当初の服喪期間は、社会的背景が大きく影響していました。明治時代の太政官布告で定められた服喪期間では、夫の死に対して妻が1年間喪に服すのに対して、妻の死に対して夫が喪に服す期間が3カ月であるなど男性優位の設定が目立ちます。当時の明治時代は男尊女卑の社会的風潮が強く、服喪期間を取り決める太政官布告にもそうした「家制度」的な特徴が色濃く残っていました。偏向的な制度内容であったことからこの太政官布告は昭和22年に撤廃されています。

しかし、喪中の期間の目安は現在もこの太政官布告の部分が生きているとも言われ課題が残ります。続き柄によって一律に目安を設けること自体考え直す必要があるかもしれません。

まとめ

喪中とは故人の死を偲ぶ為に設けられる期間とされています。死者を弔う姿勢を重視するため、喪中の間は慶事やお祝い事の企画や参加を控えるのが一般的です。忌中は死は穢れたものであるという神道の考えから生まれたもので、その穢れが他人にうつらないように外部との接触を断ち「自宅にこもって故人のために祈りを捧げて過ごす期間」のことです。

喪中は一般的に故人の死後一年間とされています。忌中の期間は、故人の死から数えて、仏式では四十九日、神式では五十日となります。 この期間には、年賀状や初詣、慶事などは避けましょう。ただし現代では、人間関係や仕事の関係なども考慮し判断するケースも増えています。

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