大切な財産を誰に・どう任せるか
誰かに財産管理や運用を任せたいとき、まず思い浮かぶのが家族です。
家族に財産を任せればプライベートな情報を他人に知られることがなく、所有者(権利者)の意図を汲み取った管理・運用をしてくれるでしょう。
しかし信頼できる家族とはいえ、心変わりすることもあるため、口頭ではなくきちんとした契約を交わしておきたいところです。
そこで今回は、近年注目されている「家族信託」について解説します。
家族信託とは
財産の管理や運用(処分)権限を信頼できる人に託すことが家族信託の仕組みです。
家族信託は委任や管理委託に似た側面もありますが、従来の制度の弱点をカバーし、幅広い運用が可能となっています。
家族信託には様々な形態がありますが、基本的には「委託者」「受託者」「受益者」の三者で構成されています。
- ①委託者~財産の所有者(権利者)
- ②受託者~財産を管理・運用する者
- ③受益者~財産から発生する収益を得る者
図は父親(委託者)と息子(受託者)が信託契約を交わし、父親名義の財産を息子に託した例です。
父親の財産に賃貸アパートなどがあった場合、管理は息子が行いますが、収益は父親(受益者)のものとなります。
家族信託では、家族・親族を受託者にすることで一族の財産を守ることが可能となっています。
商事信託との違い
受託者に信託銀行や信託会社を指定する信託を「商事信託」といい、業務行為となるため信託報酬や手数料といった費用が発生します。
しかし家族信託は受託者に家族を指定するため、高額な費用は基本的に発生しません。
因みに、成年後見制度はどんな仕組み?
成年後見制度とは認知症や知的障害など、意思判断能力が欠如してしまった人の法律行為や財産管理を支援する制度であり、被後見人の判断力によって2種類に分かれます。
任意後見制度
将来に備え、十分な判断力があるうちに自分で後見人を選ぶ制度です。
任意後見人は自由に選ぶことができますが、公正証書による契約でなければ無効となってしまいます。
法定後見制度
認知症などの発症により、既に判断力が低下している場合に利用出来る制度です。
かつては家族を後見人に指定することも出来ましたが、後見人による財産の横領が多発したため、現在では裁判所が後見人を指定しています。
後見人には弁護士や司法書士が指定されるケースが殆どであり、家族の指定は滅多にないといってよいでしょう。
また、成年後見人は本人(被後見人)の財産を守ることが職務であるため、合理性を欠いた支出は原則認められません。
成年後見人の役割は、あくまでも財産の保全なので「財産を増やしても減らしてもいけない」ということになります。
なお、相続税対策としての生前贈与も本人の財産を減らすことになるので基本的には認められません。
成年後見人の職務は被後見人の能力回復または死亡時まで続くため、柔軟な財産管理や運用は困難といえるでしょう。
家族信託の利用事例①自宅の処分
実際にありがちな例として、親の住む自宅(実家)の処分を挙げてみます。
持ち家に一人暮らししている母親は高齢となり、足腰も弱ってきたため、周囲に迷惑をかけないよう高齢者施設への入所を考えています。
息子も独立しているため、将来自宅は売却または賃貸しなどを検討していますが、たまには自宅へ戻りたいため当面の間そのままにしておくことにしました。
母親が認知症になった場合、息子であっても自宅の売却は出来ません。
成年後見人を設定すれば、母親の施設利用料を工面するといった理由で売却できる可能性もありますが、売却出来たとしても成年後見制度はそのまま継続されます。
では、家族信託を利用するとどうなるでしょうか。
母親が元気なうちに息子と家族信託を契約しておけば、施設入所後に認知症になったとしても、息子の判断で自宅の売却や賃貸しが可能となります。
自宅の売却益は受益者である母親のために有効利用でき、母親の他界後に現金が残った場合は息子が相続財産として取得出来ます。
家族信託の利用事例②賃貸物件の管理・運用
次は相続税対策として建築したアパートの例です。
父親がオーナーとなるアパートが2棟あり、管理も父親が行っていましたが、認知症を発症してしまいました。
アパート所有者である父親の判断能力が失われているため、現状のままでは賃貸借契約が不可能となり、将来の大規模修繕や売却も困難となります。
長男や長女が賃貸借契約を代行(代筆)するケースもあるようですが、権限を持たない者の法律行為は禁じられています。
では、あらかじめ家族信託を利用していたらどうなっていたでしょうか。
父親を委託者とし、長男・長女を受託者とした家族信託を契約すれば、父親の判断能力が失われても子供が賃貸借契約などの法律行為を行うことが出来ます。
将来、それぞれのアパートを長男・長女へ相続させる予定であれば、信託契約書で指定することも可能です。
家族信託の利用事例③一族の財産を守っていきたい
少し複雑になりますが、一族の財産を直系に引き継ぎながら守りたいという例です。
父親は子のいない長男夫婦と同居しており、別居している次男夫婦には子(孫)がいます。
父親の自宅敷地は代々受け継いだものであり、自分が他界した後は長男夫婦に、長男夫婦も他界した後は孫(次男の息子)に承継したいと考えています。
仮に「①父親→長男」「②長男→長男妻」の順で相続が行われた場合、孫に財産を承継させるためには長男妻に「次男の子へ財産を引き継ぐ」といった遺言を書いてもらわなければなりません。
しかし、長男妻がそのような遺言を書く保証はなく、遺言書がなければ妻の実家(③)へと財産が移ってしまいます。
しかし「受益者連続型」の家族信託を契約すれば、孫へ確実に財産を承継することが可能となります。
今回のケースでは以下のように受益権者を指定します。
第1受益者~父親
第2受益者~長男(父親が他界したとき:①)
第3受益者~長男妻(長男が他界したとき:②)
残余財産の承継先~孫(長男妻が他界したとき:③)
遺言では一代後(自分の次の代)までしか財産の承継先を指定出来ませんが、家族信託を利用すれば、長女妻の他界後に信託を終了させ、次男の息子(孫)に残余財産を承継することが出来ます。
家族信託のメリット
家族信託にもメリット・デメリットは発生します。
以下でまずメリットを見ていきましょう。
贈与税がかからない
家族信託が利用されるのは主に不動産ですが、管理する権利のみ委託するため贈与にはならず、贈与税や不動産取得税の対象とはなりません。
不動産の登録免許税は発生しますが、贈与に比べ1/5程度の税負担となっています。
契約締結後の受託者変更が可能
成年後見制度の場合、一度後見人を設定すると、よほどの理由がない限り後見人の変更は出来ません。
しかし家族信託であれば、契約内容に「元の所有者の独断で受託者を変更出来る」と記載することで、財産を任せる人の変更が可能となります。
受託者に対する管理・監督者の設定も可能
司法書士を「信託監督人」に指定し、受託者が好き勝手をしないよう第三者による管理・監督も可能となっています。
成年後見制度における後見監督人のような立場といえるでしょう。
委任や遺言などの機能がある
本人が元気なうちに利用できる委任契約や、相続時の遺言機能を家族信託の契約に盛り込むことが出来ます。
通常はそれぞれ個別の契約や手続きが必要となりますが、二次相続発生以降の財産承継先まで家族信託で指定することが可能です。
低コストで柔軟な財産管理・運用が可能
成年後見人を設定する場合、本人の判断能力の鑑定費用や印紙代、戸籍謄本の取得といった諸費用が発生します。
成年後見人に対して月2万~6万円程度の基本報酬も必要となるため、後見の期間が長引くほど家族の負担も大きくなります。
一方、家族信託の場合、家族信託契約書の作成を司法書士に依頼すると30万円前後の費用がかかり、信託監督人を設定すると月額1万円程度の報酬も発生しますが、成年後見制度に比べると低コストで利用することが出来ます。
また不動産の収益性を向上させたり売却も出来たりするなど、本人の判断能力に影響されず柔軟に運用が出来る点が大きなメリットといえます。
家族信託のデメリット
以下は、家族信託のデメリットになります。
預貯金の払出しや身上監護は出来ない
家族信託における受託者は「代理人」ではないため、本人名義の口座から預貯金を払い出すことは出来ません。
実務上は受託者名義で開設した「信託口口座」に、本人の資金を移転させ運用することになります。
また医療や介護に関わる施設入所など、身上監護については今のところ成年後見制度を利用するしかありません。
専門家が少ない
家族信託の制度は歴史が浅いため、専門家も少ない状況です。
利用する際には実際に取り扱った経験があるなど、実務に詳しい司法書士や弁護士に相談した方がよいかもしれません。
まとめ
歴史も浅く利用者や事例も少ない家族信託ですが、成年後見人など従来制度の限界をカバーでき、また認知症対策として有効であるため利用者は徐々に増えています。
一族の財産を守ることができ、管理・運用の自由度も高いためメリットは多々ありますが、何より大事なのは「本人が元気。判断力も十分」であることです。
利用を検討している方は家族や専門家を交え、早めに話し合っておく必要があるでしょう。