はじめに
たすき掛け遺言書というのをご存じですか?
子供のいない夫婦が、横のつながり、つまり兄弟姉妹や甥姪に対して残す遺言書です。近年、結婚しない人や子供のいない夫婦が増えています。中には、自身も一人っ子で、残された親族が少ない人もいます。
このような場合、自分が残す家や土地、財産はどうなるのでしょうか。こういった場合、財産を残したい配偶者や兄弟姉妹を指定し、残すための遺言書を「たすき掛け」遺言書といいます。
残された兄弟姉妹や甥姪間でトラブルが起きないためにも必要なものが遺言書です。
子供のいない人の遺産
戦後、家制度が廃止されてから、結婚に対する考え方が本当に自由になりました。結婚する人、しない人、結婚しても子供を持たない人、中には子供が欲しくても持てない人もいます。
家制度があった時代には、子供が生まれない夫婦の場合、養子縁組という制度で子供に財産を残していました。夫婦養子という制度もあり、家の跡継ぎではない子供同士の婚姻の場合、まったく違う家の養子になって、その家の家名や財産を引き継ぐこともありました。
しかし戦後、家制度が廃止され、特に近年、子供がいない夫婦も増えています。色々な考え方で、結婚しない人も増えています。こういった場合、財産を残すにはどうしたらよいのでしょうか。残された財産は、一体どのようになるのでしょうか。
子供がいない夫婦の、一方が亡くなった場合
子供のいない夫婦では、様々な相続の方法があります。
残された配偶者以外の法定相続人
法定相続では夫、または妻が亡くなった時点で、亡くなった人の親が存命の場合は、義父母も相続人となります。夫が亡くなった場合は、妻が2/3、残りの1/3が相続人となります。
義父母がいない場合でも、夫の兄弟姉妹がいる場合は、妻と夫の兄弟姉妹が相続人となります。この場合は、妻が3/4で兄弟姉妹が1/4になります。逆に、妻が亡くなった場合も同じです。残された配偶者が、亡くなった夫または妻の財産をすべて相続するわけではありません。
子供がいないからと配偶者がすべて相続するわけではないため、家や土地などを残された場合は、法定相続人の親や兄弟姉妹との分割が必要となります。しかし、妻が住んでいる家や土地の相続権を親や兄弟姉妹に主張されてしまうと、分割するために手放すことになってしまいます。
普段から義親子、義兄弟・姉妹関係がうまくいっていればよいのですが、非常事態にはどれほど上手くいっている義理の関係でも、トラブルになってしまうことがあります。家や土地、車などを全て妻に相続させるつもりだったのに、親や兄弟に相続の権利を主張されてしまった、ということになれば、夫も安心できません。
家や土地と相続税の問題
さらに、ここで困ってしまうのが相続税の問題です。兄弟姉妹が「家や土地は妻が相続しても良いので、その分残された現金が欲しい」といった場合です。すると、家や土地の資産価値によっては、相続人が妻一人となって「相続税」が発生することがあります。
家や土地は自分のものになったけれど、税金を支払うためにやはり手放すことになるのも避けたいことです。自分たちの大切な家を、相続のために手放すのは、あまりにも理不尽です。
そんな時に必要になるのが遺言書、または遺言状となります。遺言書は法定相続よりも効力があるため、自分の財産を、親や兄弟姉妹ではなく、全て妻に相続させたいと思っているなら、元気なうちに遺言書を残しておくことをおすすめします。
このように、子供がいない夫婦の場合、トラブルを避けて配偶者がすべての財産を引き継げるように用意するのが、「たすき掛け遺言書」です。また、配偶者や親ではなく、他の兄弟姉妹に残したい場合も、たすき掛け遺言書となります。
たすき掛け遺言書が必要な人
たすき掛け遺言書は、子供がいない夫婦はもちろん、独身で配偶者も子供もいない人も、用意しておくと良い遺言書です。たすき掛け遺言書を残す利点としては、自分が亡くなった後、財産の行方を明確にすることができる点があります。
認知症の配偶者に残す
例えば、超高齢社会になり、夫(妻)が亡くなった後、残された妻(夫)が認知症だったとします。認知症の配偶者は、自分では色々な決定をすることができないため、きちんと「たすき掛け遺言書」を用意しておくことが大切です。
独身者の財産
独身で、配偶者も子供もいない場合は、自分が残した財産の行方を明確にしておくことが大切になります。役所は、独身者が亡くなり、親がいない場合は兄弟姉妹を探します。しかし、高齢の場合はなかなか連絡先もわからず、そのまま身寄りのない人として無縁仏になり、遺産は国庫に帰属します。
しかし、何十万も何百万も口座に残っていても、役所は葬儀や埋葬にこれを使うことができません。本人が望む葬儀をあげることもできず、菩提寺に埋葬することもできないということです。そして、年々こういった人が増え、役所の担当者も困っていると聞きます。
元気なうちに、たすき掛け遺言書を作成し、兄弟姉妹や甥姪の名前を指定しておけば、遺族が、少なくとも財産を受け取ることになります。もちろん、財産を受け取る人が誠意をもって葬儀をあげたり、埋葬をしてくれたりする人であることを信じて残すことが一番です。
少なくとも、亡くなった人の財産がそのまま国庫に帰属することなく、親族が受け取ることができます。
内縁関係や縁のある人に残す
色々な夫婦関係があり、事実婚や同性婚という夫婦も増えています。事実婚を選ぶ理由としては、DVなどが理由で離婚後の再婚待機日数がまだ十分ではない、仕事の関係で入籍をしたくないなどがあげられます。
この場合、戸籍上夫婦ではないため、認知された子供がいれば、子供には、血のつながりのない養子でも財産を残すことができます。しかし、事実上の配偶者には財産を残すことができません。そこで必要となるのが、「たすき掛け遺言書」です。
日本では、「婚姻届」を提出し、戸籍上夫婦となったものだけが法律的に「夫婦」とみなされます。しかし、諸事情により戸籍上が赤の他人では、どんなに長年連れ添っても、口約束で相手に財産を残すといっても、相続することができないのです。
縁のある人に残したい、という場合は、親族ではなくても、遺言書があれば残すことができます。まずは、専門家に相談して、残したい相手に自分の財産を残す手続きをしておきましょう。
配偶者以外の人に残す
夫婦間がうまくいっておらず、他の人との間で内縁関係となっている時も同じです。何も残さないと、財産は戸籍上の配偶者と、亡くなった人の親、または兄弟姉妹のものになります。内縁関係の人がいない場合で、配偶者ではなく、親や兄弟姉妹だけに残したい場合も同様です。
こういった事例の場合も、たすき掛け遺言書を作成しておくと、こちらを優先することができます。自分の意思を財産として残すためにも、あらかじめ準備しておきましょう。
たすき掛け遺言書の作り方
子供がいない夫婦は、高齢になったら夫(妻)は元気なうちに「たすき掛け遺言書」を用意し、成年後見人を指定しておきましょう。万が一、認知症の配偶者が残ってしまった場合、そのまま放置しておくのは得策ではありません。
後々、残された妻(夫)にわたるべき財産を、兄弟姉妹や甥姪が散財するかもしれません。身寄りのないお年寄りには、役所が成年後見人になることもあります。成年後見人は財産を相続することのない、成人であれば指名できますので、元々遺産放棄している、弟妹や甥姪を選ぶのも良いでしょう。
たすき掛け遺言書の書き方・保管方法
たすき掛け遺言書の書き方は、普通の遺言書と同じです。法定相続よりも優先したい相続がある場合に作ります。たすき掛け遺言書は、残された配偶者や指定された遺族のことを考え、できるだけ安全な方法を選びましょう。高齢の場合は、公的な場所に保管できるものがおすすめです。
- ①遺言書の書き方と保存方法を決めます。
- ②公的な場所に保管する場合、「公正証書遺言」は公証役場に「自筆証書遺言」「秘密保持遺言」は法務局に保管することができます。
- ③「公正証書遺言」と、「秘密証書遺言」は、公証役場で公証人の前で作成することができます。秘密証書遺言は、公証人は内容を見ることができませんが、出来上がった遺言書を封印し、安全な場所で書けるという点はおすすめです。しかし、子供のいない夫婦の場合は「公正証書遺言」によるものが一番安全でしょう。
- ④公正証書遺言は、公証人にお願いしたり、教えてもらったりしながら書くことができます。デメリットは、公証人と証人をお願いするための、依頼料が必要ということです。
たすき掛け遺言書では「全財産を妻○○A子に譲る」と書いても、他の書式に不備がなければ有効になることもあります。しかし、できれば自分が持つ財産をすべて把握し、書きましょう。
たすき掛け遺言書の書き方
それでは、たすき掛け遺言書の書き方の例です。
1.遺言書
遺言者東京太郎は、次の通り遺言をする。
第1条 遺言者は、遺言者の有する下記の不動産を遺言者の妻東京花子(昭和○○年〇月〇日生)に相続させる。
所 在 東京都西東京市中町3丁目
地 番 1番の1
地 目 宅 地
地 積 90.00㎡
所 在 東京都西東京市中町3丁目
家屋番号 1番の1
種 類 居 宅
構 造 木造スレート葺2階建
床 面 積 1階 45.00㎡
2階 40.00㎡
第2条 遺言者は、遺言者の所有する下記預貯金を遺言者の前記妻東京花子に相続させる。
(1) 西東京銀行 西東京支店 普通預金 口座番号 1234567
(2) 東関東銀行 千代田支店 定期預金 口座番号 1234567
(3) ゆうちょ銀行 通常貯金 記号〇〇〇〇〇 番号〇〇〇〇〇〇〇
第3条 遺言者、前各条に記載する以外の遺言者の有する不動産、動産、預貯金、現金その他一切の財産を、前記妻東京花子に相続させる。
第4条 前記妻東京花子が遺言者の死亡以前に死亡した場合は、第1条乃至第3条で前記妻東京花子に相続させるとした財産を遺言者の甥東京一郎(平成○○年〇月〇日生)に相続させる。
第5条 遺言者は、この遺言の執行者として前記妻東京花子を指定する。
但し、前記妻東京花子が遺言者の死亡以前に死亡した場合は、この遺言の執行者として前記弟東京一郎を指定する。
2.遺言者は、遺言執行者に次の権限を授与する。
(1)預貯金等の相続財産の名義変更、解約及び払戻し
(2)貸金庫の開扉、解約及び内容物の取出し
(3)その他本遺言を執行するために必要な一切の行為をする権限
3. 遺言執行者は、この遺言の執行に関し、第三者にその任務を行わせることができる。
令和○○年○○月○○日
東京都西東京市中町3丁目1番地1
遺言者 東京太郎 印
このようになります。
家屋土地に関しては、家を購入、建築した時の登記簿謄本を見ると、全て書いてあります。遺言書は、必ずパソコンなどを利用せず「自筆」で書き押印が必要です。忘れないようにしましょう。
こちらでは、遺言を執行する時に妻がいない場合は甥を指定していますが、いない場合のことも考えて作成するようにします。こういったことを踏まえて、公証役場で書くことをおすすめします。
生きている間の意思表示は?
たすき掛け遺言書では、亡くなった後の財産相続だけに有効なものになります。しかし、葬儀の方法についても、配偶者が決めたいということもあります。独身者の場合は、介護や延命などの決定権を委ねたいと考えることもあります。
また、夫婦でも配偶者がすでに認知症などで判断ができない場合、配偶者に様々な判断を任せることができません。子供がいない以上は、他の人にお願いすることになります。認知症の妻だけでなく、夫も介護が必要となった場合、亡くなった場合、残された認知症の妻はどうしたらよいのでしょう。
そこで、必要となるのが遺言書の他に「財産管理等委任契約」です。独身者の場合は、自分が認知症になった時のこと、自分で判断できなくなった時のこと、介護、延命、葬儀など全てを委任します。
元気だった自分が先に逝ってしまうことを想定し、一定の兄弟姉妹や甥姪に、配偶者に決定できない全てを委ねることもあります。その場合に必要なものが「財産管理等委任契約」です。
このように、子供がいない夫婦、独身の人は、老いた時のことを考えて準備をすると良いでしょう。
子供がいない夫婦の準備
子供がいない夫婦、結婚しない人が増える今、残された財産の行方をしっかりと考える時代になりました。残された遺族が困らないように、たすき掛け遺言書を作成することは、とても大切です。
今から死んだあとのことを考えても仕方ない、ではありません。トラブルを含め、残された人に全てを押し付けないためにも、元気な時にこそ、たすき掛け遺言書を作成しておきましょう。