はじめに
約40年ぶりに行われた民法の相続法の改正により、2020(令和2)年4月1日から「配偶者居住権」という制度が新設されました。これは「配偶者の居住権を長期的に保護するための方策」で、家の所有者である配偶者が亡くなったあとも、その妻や夫は家に居住できる権利を指します。
多くの場合、残された妻や夫は、このような権利がなくとも支障なく家に住み続けられているのですが、遺産相続のトラブルなどで配偶者が家に住めなくなるケースもあります。そのため、残された配偶者の権利を保護する目的で制度化されました。
法務省の資料には、配偶者居住権は「配偶者が相続開始時に居住していた被相続人所有の建物を対象として、終身又は一定期間、配偶者に建物の使用を認めることを内容とする法定の権利」と説明されています。
この記事では「配偶者居住権」利用の具体例をあげ、そのメリットやデメリット、どのような人やケースで設定が勧められるのかを解説します。
配偶者居住権とは
このたび創設された「配偶者居住権」とは、妻(もしくは夫)は夫(妻)が亡くなったあとも、夫(妻)名義だった家に住み続ける権利があるということです。この権利が成立する要件は以下の通りです。
- 生存している配偶者が、相続開始時に被相続人(亡くなった配偶者)が所有していた建物に住んでいた、つまり多くの夫婦のように配偶者が死亡時に同居していたこと。
- 相続が開始したときに被相続人(亡くなった配偶者)が、子など配偶者以外の人と建物を共有していないこと。配偶者同士での共有名義なら可。
- 遺産分割協議により配偶者居住権を取得した、または配偶者居住権を遺贈すると遺言書に記載があった。
- 法律上の夫婦であった場合にのみ取得が認められ、事実婚や内縁関係では認められない。
短期と長期の配偶者居住権
配偶者居住権には短期と長期とがあり、①「配偶者短期居住権」と②「配偶者居住権」とがあります。
①の「配偶者短期居住権」は、亡くなった配偶者と同居していた妻または夫が、亡くなった日から最低6カ月間は自宅に住めるというもので、特別な手続きは必要ありません。
②の「配偶者居住権」が今回の主なるテーマとなっている権利で、残された配偶者が、生涯または期間を決めて無償で自宅に住めるというものです。長期の「配偶者居住権」は亡くなった人の遺言書に記載があるか、もしくは遺産分割協議で相続人全員の合意が必要です。
配偶者居住権がない場合とある場合
わかりやすいように、夫が亡くなり妻と子が相続人となったと想定し、配偶者居住権がない場合とある場合とを簡単に比較してみます。相続する遺産は2,000万円の自宅と3,000万円の預貯金で合計5,000万円があったとします。
配偶者居住権がないと
妻と子の法定相続分は1:1なので、妻が2,500万円、子が2,500円受け取る
妻が自宅2,000万円を相続すると、受け取れる預貯金は500万円
妻は、住む場所があっても今後の生活費に不安が残る
配偶者居住権があると
2,000万円の自宅のうち、1,000万円を配偶者居住権として妻が、1,000万円を負担付所有権として子が受け取る
妻は、配偶者居住権1,000万円と、預貯金のうち1,500万円を受け取れるため、住む場所に加えて生活費も確保できる
子どもは、負担付所有権1,000万円と、預貯金のうち1,500万円を受け取る
配偶者居住権のメリット
配偶者居住権を設定するメリットには、以下のものがあります。
被相続人が亡くなったあとも、自宅に住み続けることができる
これまでは家と預貯金など相続財産全体を妻と子とで相続すると、残された配偶者は自宅に住み続けられない場合もありました。配偶者居住権を利用することにより、夫や妻が亡くなったあとも、残された配偶者は自宅に住む続けることができるようになります。
不動産以外の財産も、受け取りが可能になる
被相続人が夫、相続人が妻と子とで、遺産が自宅の2,000万円、預貯金も2,000万円の場合、妻が自宅を相続すると預貯金は相続できないことになります。それでは、家があってもこれからの生活に不安が残ります。
配偶者居住権を設定すると、自宅を配偶者居住権(妻)と負担付所有権(子)とで分けることになるため、妻は自宅に住みながら預貯金の一定部分も受け取ることが可能になります。
配偶者居住権のデメリット
配偶者居住権の設定がデメリットになる場合は、以下のことが考えられます。
住まなくなっても家を売却することができない
配偶者居住権は、相続開始時に自宅に住んでいた配偶者だけに認められる権利であり、第三者に売却することはできません。
年齢が高くなるとともに要介護度があがり、介護施設などに入居することになっても、配偶者居住権が設定されたままの自宅は売却できませんので、売却して施設などへの入居資金に充てることができないのです。
将来的に自宅を売却して施設入居の可能性もある人は、配偶者居住権は取得せず、預貯金を多めに取得するほうがよい場合もあります。その兼ね合いが難しいところです。
手続きが複雑
配偶者居住権は、設定の手続きが複雑です。法律に詳しくない一般の人が利用するには難度が高いため、弁護士や税理士などの専門家に相談、依頼することを勧めます。専門家に依頼すると、その費用が発生します。
配偶者居住権の価値基準例
配偶者居住権の価値をどのように算出するのかについて、法務省が「簡易な評価方法の考え方」を公開しています。この資料から評価の具体例を引用します。
簡易な評価方法の考え方
建物敷地の現在価値 - 負担付所有権の価値 = 配偶者居住権の価値
(注1)相続人間で簡易な評価方法を用いて遺産分割を行うことに合意があることを想定
(注2)負担付所有権の価値は、建物の耐用年数、築年数、法定利率等を考慮し、配偶者居住権が消滅した時点の建物敷地の価値を算定する。配偶者居住権の消滅時は「平均余命簡易生命表」から割り出す。
評価の具体例
(事例)
同年齢の夫婦が35歳で自宅(木造)を新築
妻が75歳の時に夫が死亡
その時点での土地建物の価値4,200万円(注)
(注)東京近郊(私鉄で中心部まで約15分、駅徒歩数分)の実例(敷地面積90平米、木造2階建て、4DK+S、築40年)を参考に作成
建物敷地の現在価格4,200万円 - 負担付所有権の価値2,700万円 =配偶者居住権の価値1,500万円
これは女性の75歳の平均余命(15.76年)を前提に計算した終身の間の配偶者居住権を設定したもので、その価値は1,500万円となりました。
<引用元>
法務省|配偶者居住権の価値評価について(簡易な評価方法)
http://www.moj.go.jp/content/001263589.pdf
配偶者居住権を設定したほうがよい場合
配偶者居住権は、配偶者が亡くなったあとに残された配偶者が家に住み続けられる権利ですが、必ず設定しなくてはいけないものではありません。設定するかどうかは自由ですし、なにもしなくても、夫が亡くなったあとにそのまま自宅に住み続ける妻は圧倒的に多いのです。
では、どのような人にこの権利が勧められるのでしょうか。
自宅以外に相続財産がない
相続財産といえるものが自宅のみで、あまり多くの預貯金がない場合、妻が家を相続すると現貯金はほとんど受け取れません。そのような場合は、妻もしくは夫に配偶者居住権を設定し、子どもには自宅の負担付所有権を相続してもらいます。妻や夫は配偶者居住権といくらかの現預金とを受け取ることができ、今後の生活の不安が軽減されます。
相続人同士の仲がよくない
相続人が妻と前妻や愛人の子など、もともと相続人同士があまり仲がよいといえない関係では遺産分割争いが起こりやすいといわれます。
仮に自宅が4,000万円、預貯金が4,000万円とすると、妻は自宅に住み続けたいし、子も法定相続分は絶対に欲しいと考えるでしょうから、法定相続分の1:1で遺産分割をすると、妻は自宅しか受け取れません。
もしくは老後の資金として妻が預貯金を相続しようとすると、自宅は手放さなくてはならなくなります。そこに配偶者居住権を設定することで、配偶者が住む自宅を確保したうえで、老後資金も受け取れることになります。
相続税を節税したい
配偶者居住権は相続税の対象にならないため、相続税を節税することができます。配偶者居住権はそれを利用していた配偶者が死亡したときに消滅し、その配偶者居住権には相続税が課税されません。したがって節税になります。
配偶者居住権を取得したら登記する必要がある
さて、配偶者居住権が遺産分割協議書や公正証書遺言にあったとしても、それだけでは不十分で、さらに「配偶者居住権設定登記」が必要です。単にその家に住んでいるというだけでは居住権を主張することができないため、第三者にも配偶者居住権を主張できるように、登記しておく必要があるのです。
特に相続人同士の仲が良くないケースで、子が建物の負担付所有権を相続した場合など、登記がなされていないと、子が自宅を売却しようとしたときに配偶者居住権を主張できなくなります。取得した権利を守るために「配偶者居住権設定登記」は必ず行うと覚えておきましょう。
申請手続きは、配偶者居住権者である妻か夫と、建物の負担付所有権者である子とが共同で行います。配偶者だけが単独で申請はできませんので注意が必要です。
まとめ
配偶者居住権は、すべての人に設定が必要なわけではないものの、配偶者が亡くなるまで長年住んだ家に、これから先も住み続けたいと願う人には勧められる制度です。ただし、メリットやデメリット、その特性をよく理解したうえで設定しなくてはいけません。
最後に、配偶者居住権のポイントをまとめておきます。
- 配偶者居住権は、残された妻や夫が夫婦で住んでいた自宅に生涯、または期限を決めて無償で住むことができる権利である。
- 配偶者居住権は、所有権とは別の権利で、遺産分割の選択肢のひとつである。
- 法律上の夫婦にのみ認められ、事実婚や内縁関係では認められない。
- 配偶者が亡くなったとき、つまり相続開始時にその建物に住んでいたことが条件となる。
- 建物が夫婦の共有名義ならよいが、配偶者と子などの共有となっている場合は設定できない。
- 配偶者居住権は通常、残された配偶者が亡くなるまで消滅しない(期間設定の場合は別)。