安楽死とは?
一般的に安楽死とは、終末期の患者に対して苦痛を与えずに死に至らせる処遇を意味します。
近年では、病気や事故によって満足な生活が送れない場合は、安楽死を選びたいという人も増えていることから、日本でも積極的に導入の議論が行われています。
そこで今回は、意外と知られていない安楽死の種類や日本での現状について解説していきます。
積極的安楽死
積極的安楽死とは、医者が患者に対して致死性の薬物を投与することによって、意図的に死に至らせる行為を指します。
実質的には医者による自殺幇助に分類されるので、倫理学や法解釈などの面から度々議論されることが多く、過去には裁判の争点になったこともあります。
また、名古屋安楽死事件のように裁判所が判決文の中で、積極的安楽死が合法になるための要件を発表した事もあります。
消極的安楽死
消極的安楽死とは、あえて救命や回復などの医療行為を行わず、自然に死を迎える行為のことです。
積極的安楽死と違い、医者による自殺幇助には当たらないので、既に世界中の医療機関に広く普及しており、日本でも合法とされています。
しかし、日本で消極的安楽死を行う場合は以下の2つの条件を満たしている必要があり、そうでない場合は殺人罪として起訴の対象になります。
・患者本人の明確な意思表示がある
・もしくは、患者の親や子など最も親等が近い家族による明確な意思表示がある
基本的に終末期の患者は治療を行っても延命の可能性が非常に少なく、そのような治療行為には大変な苦痛も伴います。
そのため、苦痛に我慢しながら数週間や数ヶ月の余命を生きるより、緩和ケアを受けながら消極的安楽死を選択するという人が増えつつあります。
尊厳死との違いは?
安楽死とは別の表現として、尊厳死という言葉もありますが、これらは明確な定義の統一が行われていないので、大きな違いはありません。
ただ、尊厳死には「人間としての誇りを持って死を選ぶ」という意味合いもあることから、単純な行為としての安楽死とは分別すべきという主張も見られます。
いずれにせよ終末期医療においては、患者の苦痛の軽減が重要とされているので、その他の治療行為と両立することが非常に難しいというのが現状です。
そのため、たとえ患者に延命の可能性があったとしても、患者自身が苦痛の軽減を選んだ場合は、医療従事者はそれを尊重しなければいけません。
日本での安楽死の現状
1960年頃までは、多くの日本人が自宅で最後の日を迎えていたことから、尊厳死が当たり前の存在として受け入れられていました。
しかし、1980年代以降に医療技術が大幅に進化したことによって、過剰な延命行為が問題視されるようになると、安楽死や尊厳死の議論が活発に行われるようになりました。
現在でもその議論は続いていますが、2006年に起きた「射水市民病院呼吸器取り外し事件」の後には、日本医師会などが終末期医療に関するガイドラインを発表しています。
これらのガイドラインによって、無意味な延命治療の多くは中止され、患者の意思表示やリビング・ウィルの尊重が医療現場に定着したとされています。
安楽死が認められている代表的な国
一部の国ではすでに安楽死が合法化されており、世界中から安楽死を希望する人たちが集まっています。
以下では、安楽死を認めている代表的な国々を紹介しているので、ぜひ知識として知っておきましょう。
スイス
スイスでは自国民だけでなく、外国人でも規定の手続きを踏むことによって、安楽死を受けることができます。
実際にスイスには、安楽死を専門とする団体が複数あり、その中でも最大とされている「エグジット」は60ヵ国5500人以上の会員を抱えています。
とはいえ、医者が直接的に関与することは認められておらず、あくまで安楽死用の薬を点滴やコップに入れてサポートすることしかできません。
また、希望者は以下の条件を満たした上で、必要書類を提出し、医者と裁判所から認定を受けなければいけません。
・安楽死という行為を正確に理解している
・衝動的な欲求に基づいておらず、一貫して「死にたい」という意思を持っている
・第三者の影響を受けていない
・自力で服薬や点滴を行うことができる
オランダ
オランダもスイスと並び、安楽死を積極的に認めている国の一つです。
その発端となったのは、1971年の「ポストマ医師楽死事件」であり、これ以降オランダでは安楽死のガイドラインが策定されることになります。
ガイドラインでは、終末期の患者の苦痛が耐え難いものであり、改善や緩和が難しい場合は、安楽死を推奨するとされています。
また、2002年にはガイドラインに基づいて世界で初めて安楽死が合法化されました。
当初は改善の見込みがない高齢のガン患者が大部分を占めていましたが、近年では認知症や精神患者などの割合も徐々に増えてきており、国内の死因の約4%が安楽死として分類されています。
アメリカ
アメリカでは基本的に安楽死は違法とされていますが、自治権を活用することによって、安楽死を合法化した州もあります。
例えば、安楽死を最初に認めたオレゴン州では、余命が6ヶ月以下であり、患者による意思表示を医師2人が確認した場合に限り、安楽死を実施することができます。
その他にも、カリフォルニアやコロラドなど8つの州とコロンビア特別区では同じように安楽死が認められています。
国全体として安楽死を合法化すべきという議論もありますが、宗教的な問題や貧富の差を助長する可能性があることから、州単位での認可に留まっています。
安楽死と宗教の関係
安楽死は生命や人の尊厳に関わる問題なので、宗教との関係を切り離して議論することはできません。
実際に、安楽死に対するスタンスは各宗教によって大きく異なります。
キリスト教
キリスト教では、人間は神から与えられた人生を最後まで全うする義務があるという考えが普遍的なので、人は死にまつわる決定権を持っていません。
また、カトリックは伝統や歴史を重んじることから、特に安楽死に対する反応が厳しく、安楽死も自殺と同類死されています。
一方で、プロテスタントはカトリックと比較して寛容な価値観を持ち合わせており、安楽死が認められる場合も多いです。
仏教
安楽死の「安楽」とは仏教に由来を持つ言葉ですが、基本的に仏教においても積極的安楽死は認められていません。
そもそも、安楽とは単純な快楽を意味しているわけではなく、修行を行い初めて得られる悟りの心境を指しています。
仏教では精神的・肉体的に苦しい状態から開放されるために安楽死を選択するのではなく、人生が終わる瞬間まで努力することが大切だと説いています。
イスラム教
日本ではあまり馴染みのないイスラム教ですが、イスラム教では積極的安楽死は自殺と同義であり、アッラーへの信仰を否定する行為であることから、明確に禁止されています。
過去にはイスラム教の指導者や代表者たちが、連名で積極的安楽死を批判したことによって、それらを認めている国々との軋轢や論争に発展したこともあります。