はじめに
高齢者は、のどの渇きや温度に対する感覚が鈍くなり、からだに不可欠な水分や体液が不足して脱水症状が出ていても気づかないことがあります。
脱水症とはどのような状態で、どんな危険があるのでしょうか? 注意するのは夏場だけで良いのでしょうか? その症状と予防方法についてわかりやすく解説します。
脱水症とは
からだの機能を保つために重要な役割を担っている体液は、血液、リンパ液、消化液などから構成されています。それは、人のからだの約6割(高齢者の場合は約5割)を占めているとされます。
体液は、体外に排出される水分・塩分量と、体内に補給される水分・塩分量が同程度のときに、ちょうど良いバランスになります。
ところが、汗を大量にかいたり、発熱や下痢など体調不良で水分が失われたりすると、からだに必要な水分・塩分量が十分ではなくなります。こういう状態が「脱水症」です。
脱水症はなぜ危険?
体液には、呼吸によって取り込んだ酸素や食物などから得た栄養素を、からだ中に届ける働きがあります。ところが、脱水症に陥ると、この機能がうまく果たされません。
軽度の脱水症を放置しておくと、血管や内臓、脳などを正常に動かすために必要な酸素や栄養素がいき渡らず、思わぬ病気につながる恐れがあります。たとえば、体内の血液濃度が上がって、血栓ができやすくなります。血栓が脳や心臓の血管に詰まると、脳梗塞や心筋梗塞を発症します。
また、脱水症によって神経細胞に異常をきたし、幻覚や幻聴の症状(せん妄)が現れることがあります。脱水症が原因で起こる「せん妄」は発見されにくく、脱水症をさらに悪化させて命に関わる状態になる可能性もあります。
脱水症は、糖尿病や排尿障害などの病気の予兆である場合も考えられます。軽度の症状だからと放置せず、早めに適切な処置を施すことが何よりも大切です。
高齢者が脱水症に陥りやすい理由
脱水症は年齢を問わず誰でもなる可能性があります。ただし、高齢者が脱水症に陥りやすいのには、高齢者特有の理由があります。以下に5点ほど挙げます。
体内の水分量が減少
加齢に伴って、食欲の減退や食べ物を飲み込む嚥下(えんげ)機能に障害が生じると、水分の摂取量が減ります。また、筋力の低下により、体液を多く蓄える筋肉量が落ちることも、体内の水分量が減少する原因になります。
内臓の働きが低下
加齢とともに低下する内臓の働きも、脱水症を引き起こす要因になります。特に体内の水分量をコントロールする腎臓の働きが低下すると、塩分濃度を適正に把握できなくなり、脱水症に陥るリスクが高まります。
のどの渇きに気づきにくい
高齢者は感覚機能が低下しているので、自らのどが渇いていることに気づかないことがあります。特に認知症の症状がある人はその傾向が強く、飲み物を飲んだかどうかを忘れてしまい、長時間水分を摂取せずにいるという場合があります。
糖尿病や排泄障害
排尿が過剰になる病気を患っていると、脱水症のリスクが高まります。糖尿病患者の場合、増えすぎた糖を調整しようと尿を過剰に排出するので、体内の水分量が不足することにつながります。同様に、頻尿などの排泄障害があるケースでも、必要な水分が体外に排出されて脱水症に陥りやすくなります。
降圧薬の服用
高齢者は、日常的に血圧を下げる降圧薬を服用している人が少なくありません。降圧薬には、塩分を体外に排出するために利尿作用のあるものがあり、これも脱水症の一因になります。
脱水症のサインに要注意
脱水症に陥っていても、高齢者本人が気づかないことがあります。周囲の人が脱水症のサインを見逃さないように注意しましょう。
次に、脱水症のサインを軽度、中度、重度に分けて紹介します。
軽度の脱水症のサイン
皮膚の乾燥が目立ちます。唇がカサカサしていたり、口の中が乾燥していたりする場合は、脱水症を疑うのが良いでしょう。普通であれば汗で湿っているはずの脇の下が乾いた状態になっているときも要注意です。手の甲の皮膚をつまんだ後にすぐ戻らない場合や、爪を上から押して色がすぐに戻らないときも、乾燥しているサインです。
脱水症のサインは行動にも表れます。「傾眠傾向」といわれるうとうとしている状態が頻繁に見られる場合、脱水症を起こしている可能性があります。めまいやふらつきなどの症状が出ていたり、手足の末端が冷たくなっていたりするときも、血流が悪くなっている症状なので、注意深く観察しましょう。
中度の脱水症のサイン
症状が悪化すると、頭痛や吐き気などを起こすことがあります。
さらに、からだから水分が抜けたことにより体重が減少したり、嘔吐や下痢など明らかな体調異常が見られたりすることがあります。
重度の脱水症のサイン
重症になると、話しかけても反応がなくなり、意識がもうろうとした状態になる場合があります。ひどいときは、意識を失ったり、けいれんが起こったりします。
脱水症になったときの応急処置
万が一脱水症のサインが現れても、あわてずに対応できるように、応急処置の方法を知っておくと安心です。
軽度、中度、重度に分けて、それぞれ紹介します。
軽度の場合の応急処置
脱水症を起こしている人には、十分な水分とからだの機能調節に必要不可欠なミネラルを補う必要があります。両者を効率的に摂取するには「経口補水液」を飲むのが良いでしょう。
経口補水液とは、水に食塩とブドウ糖を溶かしたもので、ドラッグストアなどで市販されています。また、自分で簡単に作ることもできます。水1リットルに食塩3グラム、砂糖20~40グラムを溶かせば完成。レモン果汁を少量入れると、飲みやすくなります。
脱水症の症状が現れてから4時間以内に、経口補水液を体重1キロあたり30~50ミリリットル飲ませましょう。医師から塩分摂取についての指示がある場合は、飲ませる前に相談してください。普通の水で対応する場合は、1日に約2リットルが目安です。
中度の場合の応急処置
症状が現れて4時間以内に、経口補水液を体重1キロあたり100ミリリットル飲ませます。下痢症状がある場合は、1回排泄するごとに、体重1キロあたり10ミリリットルを飲ませましょう。嘔吐がみられるときは、1回嘔吐するごとに、吐いた量と同程度の量の経口補水液を飲ませる必要があります。
症状が落ち着いてきたら、軽度の場合と同様に対処します。
重度の場合の応急処置
意識障害やけいれんがみられる場合は口からの水分摂取では間に合わない可能性があります。
命の危険がありますので、点滴などの医療処置を受けるため、すみやかに病院で医師の診断を仰ぎましょう。
危険なのは夏だけではない
高齢者にとって脱水症を警戒しなければならないのは、夏だけではありません。
「夏の熱中症による脱水症」と「冬の隠れ脱水症」といわれるように、1年のうち少なくとも2回のピークがあります。次に、この2つについて説明します。
夏の熱中症による脱水症
春から夏に向けて気温・湿度の上昇に伴い、発汗で体液が失われて脱水症が起こります。湿度が高いと汗が蒸発しにくく、体温を十分に下げられなくなることで熱中症が起こります。熱中症は毎年多くの人の命を奪う恐ろしい病気です。熱中症の背景には脱水症が潜んでおり、脱水症予防は熱中症を予防するうえでとても大切です。
冬の隠れ脱水症
脱水症は夏だけではなく、冬にも起こります。秋から冬にかけての乾燥で、風邪、インフルエンザ、ノロウイルスなどにより発熱、下痢、嘔吐などが起こり体液が失われると、脱水症になりやすくなります。
1年を通してできる脱水症の予防法
これまでみてきたように、脱水症は1年を通して予防する必要があります。脱水症の基本的な対策は、早期発見、早期治療。高齢者本人だけでなく、周囲が気にかけて水分補給を促すようにすると、脱水症を未然に防ぐことができます。以下に予防法の5つのポイントを挙げます。
1日に必要な水分量を把握
1日に必要な水分摂取量は、高齢者の場合、体重1キロあたり約40ミリリットルが目安です。体重50キロならば、約2リットル必要です。この数値には食べ物から摂取する水分量も含まれており、だいたい1リットルくらいです。したがって、食事以外に約1~1.5リットルの水分を摂取するのが理想的です。
部屋の湿度・温度を調節
室内環境を整えることで、からだの水分量が保たれます。乾燥しているようであれば加湿器を使ったり、濡れタオルを干したりして、室内の湿度を上げましょう。
夏場は、多量に汗をかいてからだの水分量が減ってしまうことがあります。高齢者の中には「電気代がもったいない」とエアコンのスイッチを切り、夜寝ている間に脱水症になるケースがあります。無理な節電はせず、室内の温度を適温に保つように心がけるのが良いでしょう。
定期的に水分補給
あまり間をあけず、定期的に水分補給をするようにしましょう。高齢者本人にのどが渇いている自覚がない場合もあるので、周囲からの声がけが必要です。
起床時、食事前、入浴後、運動後、飲酒後などは、特に水分補給が必要なときです。積極的に摂取するようにしましょう。入浴中は発汗しやすく水分が失われがちです。湯温を40℃以下にするなどして、長湯をしないようにする配慮も求められます。
好みの飲みもので水分補給
飲みものは水に限る必要はありません。好みの飲みものを用意して、楽しくおいしく水分補給することが大切です。
フルーツやゼリーで水分補給
水分を多く含むフルーツやゼリー、水ようかんなどからも水分は摂取できます。好みや体調に合わせて、いろいろ工夫しましょう。
まとめ
脱水症は、発見が遅れると脳や心臓の血管に血栓が詰まり、重篤な病気への引き金になります。ただし、脱水症は、正しい水分補給をすれば未然に防ぐことができます。
高齢者は脱水症になりやすい傾向にあるので、高齢者本人も家族も、脱水症の予防に重点をおいてこまめな水分補給を心がけましょう。
高齢者の中には、筋力の衰えからトイレまでの移動がおっくうになったり、失禁の経験があったりすると、トイレに行く回数を減らそうと水分摂取を控える人がいます。高齢者の脱水症を防ぐには、周囲のサポートが必要不可欠になります。