はじめに
最近高齢者ドライバーによる自動車事故がニュースで大きく取り上げられる機会が多くなりました。そのたびに、自分の親は大丈夫だろうか、そろそろ運転免許証の自主返納をしたほうが良いのではないかと、とても気になるという人も少なくないでしょう。
とはいえ、本人が望んでいないのに、子どもが無理やり免許証を取り上げることはできません。子どもが親に運転免許の返納を勧めるには、どんなアプローチが良いのでしょうか? 返納手続きの方法や返納した際のメリットをはじめ、親を納得させるコツなど、わかりやすく解説します。
運転免許証の自主返納制度
「運転免許証の自主返納制度」は、運転免許が不要になった人や運転に不安を感じるようになった高齢者ドライバーが、自主的に運転免許証を返納することができる制度です。
1998年に同制度が導入され、2002年には、自主返納後にさかのぼること5年間の運転に関する経歴を記した「運転経歴証明書」の交付が受けられるようになりました。
さらに2012年、「運転経歴証明書」が運転免許証に代わる公的な本人確認書類として利用できるようになると、高齢者ドライバーがこの制度を利用して返納するケースが徐々に増えつつあります。
高齢者ドライバーの実態
警察庁の「運転免許統計」によれば、2021年末、65歳以上の高齢者のうち運転免許を保有しているのは、23.5%。つまり、道路を走る自動車の5台に1台以上は高齢者が運転しているともいえるのです。
高齢化の進展とともに75歳以上の免許保有者は年々増え、2021年末に610万人。団塊の世代が75歳以上となる2025年には、790万人に達するとみられています。
増える高齢者ドライバーの事故
高齢の運転免許保有者の増加に伴い、高齢者ドライバーによる交通事故が社会問題化しています。
警視庁の「高齢運転者の交通事故発生状況」によれば、2021年の交通事故の発生件数は2万7598件。そのうち65歳以上が第1当事者(いわゆる加害者)の交通事故は4370件で、事故全体の16%を占めます。交通事故のうち少なくとも6件に1件は高齢者によるものでした。
事故を起こした理由は、「安全不確認」がもっとも多くて、37%。周囲の安全をきちんと確認しなかったため、事故の相手に気がつかなかったり発見が遅れたりして、事故につながっていました。
さらに、75歳以上の高齢者ドライバーが事故を起こした理由を、警察庁の資料で見直すと、特徴的なことが浮かび上がってきました。75歳以上の事故を起こした理由は「ハンドル・ブレーキの不適切な操作」が33%でトップ。2番目が「安全不確認」(21%)でした。75歳未満のドライバーでは「ハンドル・ブレーキの不適切な操作」は12%なので、75歳を境に大きな違いが出ていることがわかります。
加齢による運転リスク
個人差はあるかもしれませんが、一般的に高齢になるほど、注意力・集中力の低下や瞬間的な判断能力の低下などがみられる傾向にあります。身体機能の衰えは、ハンドルやブレーキの操作に遅れを生じさせることにつながります。
自分では安全運転に努めているつもりでも、客観的にみると、安全運転とは言えない状況が少なくないのです。
事故を起こした高齢者ドライバーが禁錮刑に
高齢者ドライバー対策の中心は、これまで認知症への対応だけでした。
2009年、免許を更新する75歳以上に「認知機能検査」が義務づけられました。検査で認知症の恐れがあると判断された場合、一定の違反歴がある人は医師の診察を受け、認知症と診断されれば免許取り消しや停止になりました。
また、2017年には対策が強化されて、違反歴がなくても診断を受けなければならなくなりました。
ところが近年、高齢化に伴って運転寿命が延び、認知機能に問題がなくても、運動機能の低下による事故が多発しています。
東京・池袋で2019年4月、母子2人が死亡、9人が重軽傷を負った事故を起こした90歳の受刑者(禁錮5年確定)も、2017年に受けた認知機能検査で「問題なし」と判断されていました。
運転免許証の自主返納件数の推移
75歳以上の高齢者ドライバーを対象にした警察庁の「運転免許証の自主返納に関する アンケート調査」(2015年)によれば、75歳以上のドライバーの9割以上が、「新聞、テレビ、インターネットなど」メディアを通じて自主返納制度を知っていました。
自主返納件数の推移をみると、2002年にはわずか8073件(うち75歳以上は4936件)だったのが、2012年に11万7613件(うち75歳以上は6万5147件)、2020年には55万2381件(うち75歳以上は29万7452件)と、確実に増えています。
高齢者ドライバーは、年々自主返納への意識が高くなっているようです。
自主返納しようと思った理由
同じ調査で、実際に自主返納した人は、その理由について、「家族などに勧められたから」(33%)、「運転する必要がなくなったように感じたから」(29%)、「運転に自信がなくなったから」(19%)などを挙げています。
また、運転を継続している人の67%が「自主返納しようと思ったことはない」(67%)としながらも、「運転に自信がなくなったとき」(7%)や「運転してヒヤリとしたことなどがあったとき」(5%)、「家族などに勧められたとき」(5%)に「返納を考えた」と答えています。
高齢者ドライバーには、家族による注意喚起が非常に重要であることが読み取れます。
自主返納をためらう理由
警察庁は、同じアンケート調査で、運転を継続している人に自主返納をためらう理由を聞いています。
すると、「車がないと生活が不便」と回答した人が69.5%に上りました。こうした不安を抱えている人には、返納後のサポートについて家族で話し合いながら、一緒に自主返納を考え、検討するのがポイントになりそうです。
自主返納の手続き方法
運転免許証の手続き方法に関して、返納できる窓口や必要書類、また、同時に申請できる運転経歴証明書について、具体的に説明します。
東京都の場合を例に挙げますが、自治体によって準備する必要書類が若干異なる場合があるので、ホームページなどでチェックしましょう。
なお、年齢制限はありませんが、運転免許の停止・取消しの行政処分中の人や、停止・取消処分の基準に該当する人などは、自主返納することができません。
返納できる窓口と必要な書類
自主返納の手続きは、免許を返納する人の居住地にある警察署または運転免許更新センター、運転免許試験場で受け付けています。
持参するのは運転免許証だけで、手数料は無料です。窓口にある「運転免許取消申請書」に記入し、免許証と一緒に提出します。
紛失などで運転免許証が手元にない場合は、住民票やマイナンバーカードなど、住所・氏名・生年月日が確認できるものを用意してください。ただし、受付は、運転免許試験場のみになります。
運転経歴証明書の申請
運転免許証を自主返納すると同時に、「運転経歴証明書」の交付が受けられます。これは、運転免許証を返納した日からさかのぼって5年間の運転に関する経歴を証明するもので、これまで安全運転に努めてきた証明になります。
2012年の制度改正で、銀行などにおける本人確認書類として無期限に使用できるようになり、また紛失時の再発行も可能になりました。さらに2020年の改正で、運転免許の失効者であっても運転経歴証明書の交付申請ができるようになり、使い勝手が良くなりました。
運転経歴証明書は、運転免許試験場では即日交付できます。警察署または運転免許更新センターで申請した場合は、受け取りまでに2週間程度を要します。郵送を希望する場合は、事前に郵便局でレターパックライトを購入して持参するのが良いでしょう。
当日時間がなくて申請できなくても、運転免許証を自主返納してから5年以内であれば、申請が可能です。
運転経歴証明書に使用する写真は、申請用写真(6か月以内に撮影した縦3cm×横2.4cmのカラー証明写真)1枚が必要です。手数料は1100円かかります。
本人以外の代理による返納
入院などの理由で、本人が運転免許証の自主返納や運転経歴証明書の申請手続きができない場合、代理人が申請することができます。
申請条件や窓口、必要書類などは、自主返納・運転経歴証明書の申請に準じますが、委任状および代理人の住所・氏名・生年月日が確認できるものが求められます。
運転経歴証明書交付のメリット
運転免許証を自主返納して、運転経歴証明書の交付を受けると、さまざまな特典を得ることができます。
バス・タクシーの乗車運賃割引をはじめ、デパートの配送料金割引、美術館・飲食店の料金割引、商品券の贈呈など、、地域の実情に応じた特典サービスがあります。いずれも、マイカーに依存せずに快適なシニアライフを楽しめるようにと工夫された施策が散りばめられています。
一般社団法人全日本指定自動車教習所協会連合会が運営する「高齢運転者支援サイト」には、各地の支援制度がまとめられていますので、1度チェックしておくことをおすすめします。
高齢の親に運転免許証の返納を納得させるコツとは?
高齢の親の免許返納をスムーズに後押しするには、どうすれば良いのでしょうか?
親世代の自主返納は、その後の家族のライフスタイルにも大きく影響します。家族全体の重要な出来事として、しっかりサポートしましょう。ポイントをまとめてみました。
ヒヤリとしたらその場で伝える
交通事故などの原因になりそうな親の危なっかしい運転に気がついたら、すぐにその場で伝えましょう。
親自身もうすうす感じている場合もあるので、具体的なシーンで言葉にするのが効果的です。
ヒヤリとしたことの記録をつける
経験した「ヒヤリとしたこと」は、できるだけ記録をつけておきましょう。客観的な数字による説得です。たまたま1度だけでなく、何度もあることがわかると、自信のある高齢者ドライバーでも、耳を貸すようになるはずです。
最近のニュースを食卓の話題にする
最近の高齢者ドライバーによる交通事故のニュースなどを例にとりあげ、事故のリスクについてそれとなく食卓の話題にしましょう。免許を返納することが目的なのではなく、安心した老後を送ってほしいと、皆が願っていることを、思いやりを持って伝えます。
地元の交通インフラを確認する
高齢の親がもっとも不安に思っているのは、「クルマを運転できなくなったら、買物や通院の足はどうなるのだろう」ということでしょう。自主返納を促す前に、公共バス以外にも呼べばすぐに来るタクシー会社はあるのかなど、地元の交通インフラをしっかり調べておきましょう。自主返納による地域のさまざまな特典の内容も整理して伝え、車がなくても今までとそれほど変わらない生活ができることを納得してもらいます。
家族全員の協力を得る
車の運転をしなくても不便を感じさせないように、代案はできるだけ多くそろえておくことが重要です。今まで親が自分で運転をしていたことをカバーするには、どういうサポートが必要か、家族全員を巻き込んで考えます。交通費の出費増があればどう分担するかまで考えておくと良いでしょう。
親の話をよく聴く
いろいろ方策を挙げてきましたが、まずは親の話をよく聴いてあげましょう。長年生活の足として頼ってきたクルマがなくなる不安は、本人にしかわかりません。「運転しなくなったらボケちゃう」と心配する高齢者も少なくありません。これまでクルマに頼っていた頭の体操を、別のものに切り替えていくように一緒に考えましょう。
孫に説得してもらう
自主返納に対する厳しい意見も、孫に言われると、素直に耳を傾けるというケースもあるようです。「おじいちゃん(おばあちゃん)、もう危ないからそろそろ運転は卒業して!」と、孫に一言いってもらうことも検討するとよさそうです。
時間をかける
自主返納には何よりも、本人が自分で考えて自分で答えを出すことが求められます。あせらず、時間がかかることを想定しておきましょう。
それでも親に自主返納を勧める自信がもてないという場合には、運転免許センター内にある「安全運転相談窓口」を訪ねるのもひとつです。経験豊富なカウンセラーが相談に対応しています。電話でも相談できます。
まとめ
運転免許証の自主返納で大事なのは、高齢者本人の考え方です。いくら家族が安全を考えて返納すべきと望んでいても、本人の意思を無視しておこなうことはできません。
運転免許証を返納したあとの生活を見据えて、総合的に考える必要があります。本人と家族の意見をすり合わせながら、時間をかけて免許返納をサポートしていきましょう。
将来的には、高齢者にさらにやさしい地域のインフラなど、行政による整備も望まれるところですね。