はじめに
仏教の葬儀は宗派によって異なり、それぞれ独自の流れやマナーがあります。葬儀に参列するとき、その宗派の流れやマナーを理解していれば安心でしょう。宗派別に葬儀の特徴やマナーなどをわかりやすく解説します。まずは、浄土宗から紹介します。
浄土宗とは
浄土宗は平安末期、法然上人によって開かれた宗派で、大乗仏教の流れをくんだ教義を中心としています。
浄土宗においては、出家したかどうかにかかわらず、「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と唱えれば、阿弥陀仏に救済されて極楽浄土に行けるとされています。「南無阿弥陀仏」をひたすら唱え続けること(専修念仏)が特徴といえます。
浄土宗の歴史
浄土宗は、1175年(承安5年)、美作の国(現在の岡山県)に生まれた法然上人によって開かれました。
法然は幼少期に父を亡くしたのを機に出家して、比叡山にのぼって勉学に励んできました。その後、比叡山を下りて、京都の吉水草庵(よしみずそうあん)に住み、念仏の教えを広めたのです。これが浄土宗の始まりです。
浄土宗は、誰もがどこにいて何をしていても、「南無阿弥陀仏」と唱えることが大切だと説きます。当時貴族に独占されていた仏教を大衆にもという教えで、多くの人に受け入れられ、広がっていきました。
法然が亡くなったあとの浄土宗
「南無阿弥陀仏」と唱えていれば、心とからだが清らかになり、死後、極楽浄土に導かれて仏になるという教えは、仏教の中では新しく、たびたび迫害を受けることもありました。法然が亡くなると、弟子のひとり、信空が後継となりましたが、法然の唱える教えとのわずかな解釈の違いなどがあって、以後、分裂と統合を繰り返すことになります。
現在は、法然が半生を過ごし、最期を迎えた京都の「知恩院」が総本山。浄土宗の寺院は京都をはじめ、日本中に建立されています。
法然の弟子で筑前(現在の福岡県)に生まれた聖光房弁長(しょうこうぼうべんちょう、鎮西上人ともいう)によって始められた鎮西(ちんぜい)派が主流になっています。
浄土宗の教え
浄土宗の教えは、念仏とともに歩む生き方といわれています。浄土宗の法要では必ず「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えます。
この世の中で、私たちが怒りや貪(むさぼ)り、迷いの心を消し去ることは非常に困難と思われます。しかし、そんな私たちでも悟(さと)りを目指す方法はないか、法然上人が膨大なお経の中から見出したのが、阿弥陀仏の「私の国、極楽浄土へ往きたいと願い、『南無阿弥陀仏』の念仏をとなえたあらゆる命が臨終を迎えたとき、必ずそこへ生まれ変わるようにしよう」という誓いでした。
「南無阿弥陀仏」の「南無」とは、インドの言葉「ナマス」を漢字で表したもの。絶対的な信頼を意味します。つまり、「南無阿弥陀仏」と唱えることは、阿弥陀仏を信頼し、救い導いていただきたいとの思いを表明することになります。
現世ではただひたすらに念仏を唱え、阿弥陀仏の導きを受けながら悟りを得るための実践を心がけ、日々を精いっぱい生きるという教えでした。
浄土宗の現在の規模
文化庁の「宗教年鑑」(令和3年版)をみると、国から認められた包括法人(仏教宗派)は、167あります。信者数についても、文化庁が毎年集計しているのですが、例年信者数の合計が日本の人口より多く出ており、専門家からは「学術研究には使えない」との声が上がっています。
そこで、寺数でみてみることにしましょう。最大の宗派は、約1万4600か寺を抱える曹洞宗。2位が浄土真宗本願寺派(約1万300か寺)、3位が真宗大谷派(約8600か寺)、4位が浄土宗(約7000か寺)、5位が日蓮宗(約5100か寺)となっています。
曹洞宗の規模がずば抜けて大きいのは、派閥に分かれていないからです。派閥すべてをまとめれば、浄土真宗(主に10派)が全体で2万1000か寺で、圧倒的勢力となります。浄土真宗本願寺派と真宗大谷派は、ともに浄土真宗の1派で、戦国時代に分かれました。
浄土宗と浄土真宗は違うのか?
名前が似ているので混同されがちですが、浄土宗と浄土真宗は異なります。浄土真宗は、浄土宗から派生した宗派です。
浄土真宗は、浄土宗の開祖である法然上人の直弟子である親鸞聖人(しんらんしょうにん)が、鎌倉初期の1224年に開きました。弟子が異なる宗派を開くというのは、師の教えを否定したように思えますが、そうではなく、親鸞聖人は法然上人への尊敬を最後まで貫きました。
浄土真宗の考え方「非僧非俗」
浄土真宗が生まれたのは、民衆の間で人気を集めていた浄土宗の影響力の大きさを恐れた朝廷が弾圧を始めたことにあります。法然上人だけでなく弟子たちも流罪に処され、各地に散らばりました。越後に流された親鸞聖人によって生まれたのが、「浮世から離れた存在ではなく、今を生きる人間に教えを授ける」という「非僧非俗(ひそうひぞく)」の考えでした。
「非僧非俗」は、僧侶でも俗人でもない、ひとりの人間として仏の道を歩むという意思を示した言葉です。
浄土宗と浄土真宗の類似点と相違点
浄土真宗のルーツはあくまでも浄土宗にあるので、「南無阿弥陀仏」の念仏を大切にし、阿弥陀仏によって極楽に導かれるのを願う点など、似た特徴があります。一方、浄土真宗では、肉食妻帯が許されていたり、「南無阿弥陀仏」をひたすら唱え続ける専修念仏は必要ないとされている点などが異なります。
浄土真宗では出家はなく、僧侶も在家で、一般の信者と同じく門徒です。また、戒名がなく、お墓のとらえ方にも違いがあります。
浄土宗の葬儀の特徴
浄土宗では、「南無阿弥陀仏」という念仏を唱えて、死後は極楽浄土へ往生するようにと願います。葬儀でも、この「南無阿弥陀仏」は欠かすことのできない要素で、葬儀の参列者一同が故人に代わり「南無阿弥陀仏」を10回から一定時間唱和する「念仏一会」(ねんぶついちえ)が特徴として挙げられます。
もうひとつの特徴は、「下炬引導」(あこいんどう)です。故人を極楽浄土に導くために、僧侶が松明(たいまつ)を使っておこなう儀式です。詳しくは、次の「浄土宗の葬儀の流れ」のところで説明します。
浄土宗の納棺式・通夜
通夜の前までに故人の遺体を清め、来世への旅立ちに向けた支度をおこない、棺に納める儀式が「納棺式」です。納棺式には30分から2時間程度かかるので、通夜当日の昼の時間帯におこなわれるケースが多いです。
故人ののどを潤す「末期(まつご)の水」に始まり、からだを洗い清める「湯灌(ゆかん)」、顔を整える「死化粧」、旅立ちの衣装である「死装束」で身づくろいをし、副葬品を納めます。
「湯灌(ゆかん)」は、遺体を湯水できれいに洗浄し、化粧する儀式です。湯を「そそ(灌)ぐ」と書いて「湯灌」ですが、これは、生前の煩悩を洗い流すもので、宗派に関係なくおこなわれます。
長い闘病生活でゆっくりとお風呂に入れなかったケースもあるでしょう。葬儀社のスタッフがおこなう場合もありますが、最後にからだをきれいな状態にすることは、故人の清らかな旅立ちのために家族ができる最後の孝行という意味があります。
その後、死装束を家族の手で順番に着せて、死化粧を施し、副葬品をそろえたら、棺に納めます。
納棺のあと、通夜を執りおこないます。故人と最後の夜を過ごしお別れをします。浄土宗の通夜は、他の宗派と特に変わりません。通夜に注意が必要なのは、ろうそくと線香の火を絶やさないようにすることです。
浄土宗の葬儀の流れ
浄土宗の葬儀は、故人が仏の弟子となり、仏に守られながら極楽浄土へと導かれて往生するための儀式です。
浄土宗の葬儀について、①三宝礼(さんぽうらい)から懺悔偈(ざんげげ)⇒②下炬引導⇒③焼香⇒④念仏一会⇒⑤送仏偈(そうぶつげ)⇒⑥出棺の順で、具体的に流れを見ていきましょう。
三宝礼から懺悔偈
僧侶が入場して仏前にお香をたき、身と心を浄(きよ)め整えます。仏・法(=仏の教え)・僧に敬いの心を示し(三宝礼)、仏を迎えて、自分の罪を懺悔します(懺悔偈)。ここまでは僧侶も参列者も、本尊にからだを向けていましたが、ここで棺に向けます(転座)。
下炬引導
浄土宗の葬儀の特徴のところでも触れましたが、浄土宗における葬儀のメインとなるのが、「下炬引導」です。
「下炬」は松明の火で、転じて火葬を表し、「引導」は故人を極楽浄土へ導くという意味です。もともとは棺に火をつけていましたが、今は安全上の理由から仕草のみで、実際に火をつけることはありません。
僧侶は2本の松明を取り上げ、そのうち1本を捨てます。これは、この世への煩悩を捨てることを表します。続いて、もう1本の松明で円を描きながら「下炬の偈(あこのげ)」を読んで、故人の極楽往生を祈ります。最後にやはり松明を捨てるのが基本的な動作になります。
下炬引導の際、僧侶によっては、松明ではなく花を使うことがあります。祭壇に花を投げたあとに松明を用いたり、花と松明をそれぞれ1本ずつ使ったり、僧侶によってやり方はまちまちです。
焼香
弔辞や弔電が披露されます。故人が御仏の教えを体得できることを願う「開経偈(かいきょうげ)」、経文を読み上げる「誦経(ずきょう)」が続き、この間に参列者は焼香をおこないます。
念仏一会
僧侶とともに、参列者一同が「南無阿弥陀仏」と複数回唱えることを「念仏一会」といいます。唱える回数は特に決められていませんが、一般的には、「十念」と言って10回繰り返しをするか、またはそれ以上唱えます。念仏を唱えることで、故人が仏に救われ、極楽浄土に往生するのをお手伝いするためです。
念仏一会の際には、合いの手として、鉦(しょう)や木魚といった鳴り物を用いることもあります。鳴り物は緩やかなリズムで始まり、後半になると、途切れることなく打ち鳴らすのが基本です。
送仏偈
参列者全員の焼香が終わると、「念仏一会」をもう1度おこないます。仏の功徳による往生を願い、帰依を誓って、迎えた仏を送ります(送仏偈)。僧侶はここで退場します。
出棺
僧侶の退場後、遺族は故人との最後の対面をします。祭壇を飾った花を遺体の周りに置き、棺にくぎ打ちをしてふたを閉じます。故人が無事成仏できるように、三途の川の石に見立てた石で打ちます。そして出棺。遺族らは火葬場へ移動します。
浄土宗の葬儀の祭壇
葬儀の顔ともいえる祭壇は、宗派によって細かい様式が異なります。浄土宗の葬儀で飾られる祭壇の特徴を紹介します。
浄土宗の葬儀の祭壇に使用する生花は、白花を基調とします。最近では故人の好きな花をアクセントとして飾ることもありますが、基本的には柔らかい色合いの花を選びます。
49日までは、「中陰段」または「後飾り」という祭壇を用意して、位牌や遺骨を安置します。これは、故人の冥福を祈る場所です。また、葬儀に参列できなかった人の弔問を受ける場合、お参りしていただく場所でもあります。
仏壇がある場合、中陰段は仏壇の前か傍らに作ります。仏壇がない場合は、部屋の北側か西側に飾ります。葬儀社のスタッフが設置してくれるので悩む必要はありません。飾り方に決まりはありませんが、3段の場合は上段左から遺影、位牌、遺骨と並べるのが一般的です。中断や下段には、お供え物や燭台、線香立てといったものを並べます。
浄土宗の葬儀の参列マナー
浄土宗の葬儀に参列したときのマナーについて、注意したいポイントを挙げておきます。故人の冥福を祈り、別れを告げる儀式ですから、マナーはしっかり守りたいものです。受付係の人や葬儀社の指示に従うようにしましょう。
焼香のやり方、数珠の使い方、服装のTPO、香典の包み方について、それぞれ説明します。
焼香のやり方
葬儀の中でも、焼香は、故人と向き合い生前の感謝やお礼を捧げて、供養する儀式です。
焼香のマナーとしては、まず御仏、僧侶、遺族、遺影の順に会釈をします。そして香炉の前に進み、合掌して1礼します。次に、お香を右手の指3本で静かにつまみ、てのひらを返して額の位置まで持ち上げ、それから香炉にそっとくべます。
浄土宗では、焼香の回数に決まりはないので、1回だけでも良いですし、2回繰り返しても構いません。ほかの参列者の様子を見て判断しても良いでしょう。最後に合掌し、1礼をしてから自分の席へ戻ります。
数珠の使い方
浄土宗では、ふつう「日課数珠」という2連の数珠を使います。2連とも左手の手首にかけるのがマナーです。男性用と女性用があり、玉の大きさや数が異なります。
合掌する際の数珠の持ち方は、まず、数珠の2つの輪をそろえて両方の親指にかけるようにして持ちます。房は手前にたらしましょう。そして、親指をそろえて合掌し、親指で数珠を押さえるようにします。
服装のTPO
浄土宗では故人への哀悼の意を表すことが重要とされますので、地味な平服であっても参列できます。男性はダークスーツに黒のネクタイ、黒の靴を着用しましょう。女性の場合もダークカラーのスーツやワンピースに黒い靴を用意します。真珠のネックレスをつけるのは問題ありません。
ただし、近年は喪服で参列する人が多いようです。
香典の包み方
浄土宗の香典は、表書きに「御霊前」、「御香典」、「御香料」などと記します。表書きは薄墨で書きます。
香典の額は、一般的には、親族は1万円~3万円、友人や知人は3000円~1万円が相場です。香典の額は故人との関係の深さによって変わるので、故人と親しい人ほど多く包む傾向があります。多すぎても、香典返しで遺族の負担になるので注意しましょう。
まとめ
浄土宗に関して、その簡単な歴史や教えなどをはじめ、葬儀の特徴や流れ、参列した時のマナーなどを紹介してきました。「下炬引導」や「念仏一会」など、浄土宗ならではの特徴的な儀式がおわかりになったでしょうか?
葬儀の途中で、僧侶が松明や花などを投げる動作を初めて見ると、驚くかもしれませんが、事前に知識があれば、故人を極楽浄土に無事に送るための重要な儀式であると納得できます。浄土宗の葬儀に参列する機会がありましたら、「念仏一会」では、故人の思い出を振り返りながら、心を込めて念仏を唱えてみてはいかがでしょう。