はじめに
仏教の葬儀は宗派によって異なり、それぞれ独自の流れやマナーがあります。訃報が届いて葬儀に参列するとき、その宗派の流れやマナーを理解していれば不安はなくなります。
宗派別に葬儀の特徴やマナーなどをわかりやすく解説していきますが、今回は「浄土真宗」です。数ある伝統仏教のなかでも、浄土真宗は日本で信者数が最多といわれる宗派。ほかの宗派にはない点が多くみられますので、注目してください。
浄土真宗とは
浄土真宗は、浄土宗の開祖、法然上人の門弟であった親鸞聖人(しんらんしょうにん)によって開かれた仏教の一派です。
その始まりは鎌倉時代にさかのぼり、室町時代に広く一般に普及したといわれます。「真宗」と略され、また「鎌倉仏教」とも呼ばれています。
浄土真宗は、阿弥陀如来(あみだにょらい)による万人救済が唱えられた「絶対他力」の教えで、信心をもって往生すればすぐに成仏できるという考え方に特徴があります。
また、浄土真宗は宗派のなかで主に2つの勢力に分かれており、西本願寺を本山とする「本願寺派(お西さん)」と東本願寺を本山とする「大谷派(お東さん)」が存在します。寺社数は18000か所以上、日本国内では最大の仏教勢力となっています。
浄土真宗の歴史
浄土真宗の開祖、親鸞聖人は、平安時代から鎌倉時代にかけての90年の生涯を生きました。幼くして父母を失い、9歳で出家。20年間比叡山で厳しい修行を積んだのち、山を下りて法然上人を訪ねます。そして、「どのような人であれ念仏ひとつで救われる」という「本願念仏」の教えに出合いました。
あらゆる人びとに救いの道をひらいたこの教えによって、多くの念仏者が生まれましたが、それまでの仏教教団から反感を買うこととなり、法然上人は土佐へ、親鸞聖人は越後へ流罪となりました。
聖人は越後から関東に移り、いなかの人びとと共に暮らしつつ、すべての人が等しく救われていく道として、念仏の教えを伝えていきました。晩年も、浄土真宗の本典ともいえる「教行信証(きょうぎょうしんしょう)」を幾度も推敲し、精力的に数多くの著作を完成させています。
浄土真宗の教え
浄土真宗は、「絶対他力」の教えを掲げている点が特徴です。
「絶対他力」とは、阿弥陀仏に任せることで救いを得る「他力本願」の教えが基になっています。親鸞聖人が説いた「絶対他力」は、「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)という念仏を唱えなくても、信仰する心さえあれば誰でも救われる」という教え。阿弥陀仏のご慈悲により、自力では仏に成れない者も見捨てられることなく救われるという発想です。
また、浄土真宗の教えでは、死後の世界(霊という概念)がありません。仏教では、人は亡くなると仏になりますが、宗派によって仏になるまでの時間や方法が異なります。浄土真宗では亡くなった人はすぐに仏になります。この考え方を「往生即身仏(おうじょうそくしんぶつ)」、または「臨終即往生(りんじゅうそくおうじょう)」などと言います。
浄土真宗の現在の規模
浄土真宗では信者を「門徒」と呼んでいます。文化庁の令和3年版「宗教年鑑」によると、浄土真宗本願寺派の門徒数は約784万人、真宗大谷派の門徒は735万人。浄土真宗全体では2200万人以上の門徒を抱えています。
全国の仏教系の信徒数は約8800万人といわれていますから、2割強が浄土真宗の信者になります。信者数は各教団の自己申告によるものなので、厳密な数字とは言えませんが、伝統仏教系では、浄土真宗の信者数が日本最多であることは間違いなさそうです。
「本願寺派」と「真宗大谷派」
浄土真宗の教えと立場を明確にするための組織として「真宗教団連合」があります。この組織には、「真宗十派」といわれる10派が加盟していますが、主流となるのは、「本願寺派」と「真宗大谷派」の2派です。
本願寺派と真宗大谷派は、もともとひとつの宗派でした。ところが戦国時代、一向宗(浄土真宗)と織田信長とが争った石山合戦の頃から対立が激化。江戸時代に、本願寺派が西本願寺(お西さん)、真宗大谷派が東本願寺(お東さん)を本山として分裂します。明治に入ると対立ムードは緩和して、現在ではさまざまな場面で両者が協働する様子も見られます。
浄土真宗の葬儀の特徴
浄土真宗の葬儀には、ほかの宗派には見られない特徴があります。
①浄土真宗の葬儀は「勤行」であること、②亡くなるとすぐに極楽浄土へ導かれること、③葬儀は仏の教えを学ぶ「聞法(もんぼう)の場」であること、④ほかの宗派の一般的なしきたりとかなり違いがあることの4点について、以下順番に説明します。
浄土真宗の葬儀は「勤行」
浄土真宗には「人は亡くなるとすぐに極楽浄土へ行く」という教えがあります。したがって、葬儀は基本的に、故人のためというよりも、阿弥陀仏に捧げる「勤行」ととらえられています。
勤行とは、仏道に励むためにお経を読んだり拝んだりすること。僧侶や参列者が故人に代わっておこないます。
一連の「勤行」には、以下のようなものがあります。
- ①枕経(臨終勤行): ご本尊(阿弥陀仏)にお礼するお勤めです。
- ②通夜勤行(帰経式)+御文章(ごぶんしょう): 故人を偲び、阿弥陀仏から受ける恩に感謝し、それに報いるお勤めです。
- ③出棺勤行+葬儀勤行: 葬儀前のお勤めと葬場にて仏徳讃嘆(ぶっとくさんだん=阿弥陀仏の徳の素晴らしさを称えること)のお勤めです。
- ④火屋勤行:火葬場でのお勤めです。
- ⑤納骨勤行:お骨上げのお勤めです。
- ⑥還骨勤行:火葬場から遺骨を持ち帰ったあとのお勤めです。
「通夜勤行」の「御文章(御文)」とは
浄土真宗の通夜では、お経の一節として「御文章」が読まれます。
御文章とは、蓮如上人(れんにょしょうにん)によって書かれた手紙をまとめたものです。本願寺派では「御文章」、真宗大谷派では「御文(おふみ)」と呼ばれます。
蓮如上人は親鸞聖人の教えをわかりやすい言葉で手紙にしました。この手紙を口述して、字の読めない民衆にも教えを説き、全国に教義を広めました。
特に知られているのは、第16通の「白骨の章」。世の無常について書かれたこの章は、必ずといってよいほど通夜などで読まれます。
「出棺勤行+葬儀勤行」の流れの変化
遺体を自宅に安置していた時代は、自宅から「出棺」⇒「葬儀」が一般的でした。
ところが近年は、葬儀場に遺体を安置しているケースが多く、その場合は、「葬儀」⇒火葬場への「出棺」。現在では、「葬儀」⇒「出棺」という流れが主流になりました。
亡くなるとすぐに極楽浄土へ
浄土真宗の葬儀では、故人はただちに阿弥陀仏の力によって極楽浄土へ導かれて仏になるという考え方が、主たる特徴になっています。
多くの宗派では、故人は「霊」の状態で49日間の死出の旅に出ると言われていますが、浄土真宗はこの「霊」という存在自体を認めていません。
葬儀は仏の教えを学ぶ「聞法の場」
浄土真宗の葬儀は、「死者の供養」を目的としたものではありません。死という事実を踏まえて、「死を迎える準備ができているかをご本尊である阿弥陀仏から問われている」ととらえ、葬儀を「仏の教えを学ぶ聞法の場」と考えます。そのため葬儀では死者の成仏を祈ることはしません。
浄土真宗では、基本的に故人のために何かできるのは阿弥陀仏だけであると考えます。したがって、浄土真宗の葬儀では、阿弥陀仏に故人の往生を託すという形式をとることになります。葬儀は、故人が阿弥陀仏の教えを受ける機会を与えてくださったことに感謝する意味合いも持っています。
ほかの宗派と異なるしきたり
浄土真宗では死生観の違いから、臨終の流れのなかで、ほかの宗派の一般的なしきたりとは異なる点が数多くあります。いくつか特徴的なものを挙げておきましょう。
・病院等からの搬送後、枕元に一膳飯、枕団子、守り刀は用意しません。
・逆さ湯、逆さ屏風などの逆さごとの風習はおこないません。
・亡くなると直接極楽浄土へ導かれるので、「死出の旅路」の行程がありません。したがって、納棺時に旅装束は用意されず、のどの渇きを癒すための「末期の水」の儀式がありません。
ただし、日本の葬儀慣習としておこなわれる場合はあります。
・出棺前、棺の蓋を閉じる際に釘打ちはしません。
・死が穢(けが)れであるとしていないため、清め塩は使用しません。
・「戒名」ではなく、「法名(ほうみょう)」が与えられます。仏弟子として生きていくことを誓い授かる名のことです。次の項で詳しく説明します。
法名(ほうみょう)について
浄土真宗では、死後の名前を「戒名」ではなく「法名」と呼びます。「法」は、すべての人を救う阿弥陀仏のはたらきを指します。
法名も戒名と同様、本来は生前にいただきます。浄土真宗では、仏弟子となるための「帰敬式(ききょうしき)」を経て授けられるのが一般的です。しかし、信者が帰敬式をせずに亡くなった場合には、儀式を経ずとも故人に合った法名が授けられます。
浄土真宗の法名には、「大姉」「居士」のような位号はありません。釈迦(釈尊)の弟子であることを示す「釋(しゃく)」の文字が初めに付けられます。ひと昔前は、男性は「釋○○」、女性は「釋尼○○」とされていましたが、現在は男女の区別なく「釋○○(2文字)」となります。
加えて位牌がないのも特徴で、「過去帳」に名前を記します。
浄土真宗の葬儀当日の流れ
浄土真宗の中でも多数の信者を抱えている「本願寺派」と「真宗大谷派」では、葬儀当日の流れに違いはあるのでしょうか?
葬儀の基本的な考え方や作法について、両者には共通した部分が多くあります。なぜなら、本願寺派と真宗大谷派が分かれたのは戦国時代から江戸時代にかけての政治的な問題が原因で、宗教的な見解の相違が理由ではなかったからです。
本願寺派と真宗大谷派で違いが見られるのは、たとえば葬儀の構成です。
「真宗大谷派」の場合、葬儀は「葬儀式第一」と「葬儀式第二」の2部構成であるのが特徴的です。さらに、「葬儀式第一」も「棺前勤行」と「葬場勤行」の2部構成です。
いささか難しい用語が並びますが、葬儀を執りおこなう際は確認しておくと安心できるでしょう。
なお、 出棺後、火葬場で読まれる読経は、両者どちらも同じように進行するのが通例です。
浄土真宗本願寺派の葬儀の流れ
出棺勤行: 帰三宝偈(きさんぽうげ=読経)⇒短念仏(たんねんぶつ)⇒回向(えこう=功徳をすべての人に回し向けるための念仏で、最後に唱える)⇒お別れの言葉
葬場勤行: 三奉請(さんぶしょう=法要の最初に唱えられる経文で、阿弥陀仏を招く)⇒導師焼香・表白(ひょうびゃく=法要の趣旨を述べて、御仏の徳を讃嘆する)⇒正信偈(しょうしんげ=読経)⇒念仏⇒和讃(わさん=御仏の徳を賛美する歌)⇒回向
真宗大谷派の葬儀の流れ
・葬儀式第一
棺前勤行: 総礼(そうらい)⇒勧衆偈(かんしゅうげ=読経)⇒短念仏十遍(たんねんぶつじゅっぺん=念仏を10回唱える)⇒回向⇒総礼(そうらい)⇒三匝鈴(さそうれい=鈴を小から大と打ち上げる)⇒路念仏(じねんぶつ)
葬場勤行: 三匝鈴⇒路念仏⇒導師焼香⇒表白(ひょうびゃく)⇒三匝鈴⇒路念仏⇒弔辞⇒正信偈⇒和讃⇒回向⇒総礼
・葬儀式第二
総礼⇒伽陀(かだ=僧侶の着席を告げる発声)⇒勧衆偈(かんしゅうげ)⇒短念仏十遍⇒回向⇒総礼⇒三匝鈴⇒路念仏⇒三匝鈴⇒導師焼香⇒表白⇒三匝鈴⇒正信偈⇒短念仏⇒三重念仏⇒和讃⇒回向⇒総礼
ただし、葬儀の流れは地域によっても異なります。厳密な流れが気になる際は、菩提寺(ぼだいじ)に事前に尋ねておくのが良いでしょう。
念仏の作法について
路念仏(じねんぶつ)は、南無阿弥陀仏の4句を1節とする独特の言い回しの念仏です。
本願寺派の念仏は「南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ)」と読むのに対し、真宗大谷派は「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と唱えます。
浄土真宗の焼香の作法
浄土真宗では、一般的な焼香の作法と若干違いがあります。
本願寺派の場合、抹香を押しいただかずに1度、真宗大谷派の場合、やはり抹香を押しいただかずに2度つまんで、そのまま静かに香炉に落とします。
また、線香の場合は灰の上に立てず、寝かせてお供えしてください。
寝かせても火が最後まできれいに燃えるように、浄土真宗ではわらを燃やして作られた藁灰(わらばい)が使用されます。
数珠の作法について
数珠は「念珠(ねんじゅ)」ともいい、葬儀や法要に欠かせない仏具のひとつです。数珠についても、浄土真宗では違いがありますので、確認しておきましょう。
浄土真宗の数珠で最も特徴的なのが、親珠(阿弥陀如来を表す中心的な珠)のすぐ下の「蓮如結び」です。
「絶対他力」の教えを掲げる浄土真宗は、煩悩を消すために念仏を唱える必要はないと考えます。数珠は念仏を唱えた数を数えるための道具ではないので、数取りができないように「蓮如結び」を考案したとも言われています。
法具として大切なものであることに違いありませんが、珠の数や形状、素材に決まりごとが少ないのも特徴です。
本願寺派の数珠
本願寺派では、男性も女性も1重の数珠を用いるのが好ましいとされています。一般的に、丸玉の場合は18~27珠、平玉の場合は54珠です。
房については男性は紐房(ひもふさ)、女性は切房(きりふさ)が望ましいとされていますが、それほど厳密に決まっているわけではありません。特に切房は構造上ほつれやすいため、頭付房(かしらつきふさ)が人気があります。持ち方は、数珠を左手にかけて房を下に垂らし、右手を中に通すのが一般的です。
真宗大谷派の数珠
真宗大谷派は、基本的には本願寺派と同じですが、女性の場合、2重の「八寸門徒」を用いるのが好ましいとされています。八寸門徒とは、108つの主珠、2つの親珠、4つの四天球を用いた数珠で、房の部分に蓮如結びがあります。
持ち方ですが、本願寺派より若干複雑です。まず輪の中に両手を通し、房を上にして両手の親指ではさむように持ちます。このとき、蓮如結びが施された房が手前になるようにします。そして房は4つとも左側に垂らすというのが正式な持ち方になります。
香典の表書きについて
浄土真宗では、香典の表書きに「ご霊前」を使いません。「御仏前」または「御香典」にします。
故人はすぐに仏となるため、浄土真宗では「霊」の文字は不適切。注意しましょう。
お悔やみの言葉にも注意を
一般的なお悔やみの言葉というと、「ご冥福をお祈りいたします」あるいは「安らかにお眠りください」などでしょう。ところが、浄土真宗ではこうしたお悔やみの言葉は使いません。
「冥福を祈る」とは、「死後の世界に無事に行けますように」という意味です。また、「安らかに眠る」にも、死後不安なく過ごせるようにとの願いが込められています。
こうした言葉は、「死後の世界(霊)」の概念がない浄土真宗にはふさわしくないとされています。
浄土真宗の葬儀では、「心よりお悔やみ申し上げます」、「どうぞ私たちをお導きください」などと述べるのが適切です。
そのほかのNG表現と言い換え
浄土真宗では、そのほかにも使用を控えるべき表現が多くありますので、弔電などでも注意しましょう。
以下に、NG表現と言い換え表現を一部挙げておきます。
・「草葉の陰、天国」⇒「お浄土、御仏の国」
・「天国に行く」⇒「お浄土に参る」
・「昇天、他界、永眠」⇒「浄土に往生する」
・「祈る」⇒「念ずる」
・「魂・魂魄(こんぱく)・御霊」⇒「故人」
参列時の服装について
浄土真宗の葬儀では、ほかの仏式葬儀と同じく喪服で参列して構いません。
ただし、浄土真宗の門徒の場合は「門徒式章(もんとしきしょう)」と呼ばれる袈裟のような布をかけて参列する場合もあります。
寺院や地域によっては、門徒式章と普段着の組み合わせでも浄土真宗の正装とみなされるようです。地域差などがあるので、葬儀に着用する服装に迷った場合は、葬儀社や寺院などに相談するのが良いでしょう。
まとめ
浄土真宗は、ほかの仏教宗派と死生観が大きく異なります。故人は死後すぐに極楽浄土に行くという考え方をまずは念頭において、葬儀に参列するのが良いでしょう。
また、浄土真宗では、葬儀のしきたりや参列マナーでも異なる点が数多くあることが、この記事でおわかりになったでしょうか?
気になる場合は、葬儀社や関連の寺院、しきたりに詳しそうな知り合いに確かめることをおすすめします。