保存版 宗派ごとの線香の上げ方:本数、立て方、宗派の教えから見る供養の作法

葬儀・仏事

日本の仏壇や葬儀における供養の作法として、線香(せんこう)は焼香と並んで不可欠な行為である。
線香の静かに立ち上る煙と香りは、仏様や故人の霊に供えられるとともに、この世とあの世を結ぶ役割を果たすと考えられている。

しかし、この線香の上げ方にも、焼香と同様に宗派によって厳格な違いがある。
特に、「線香の本数」や「線香を香炉に立てるか、寝かせるか」といった作法は、それぞれの宗派が故人の救済や悟りについてどのように考えているか、という教義の核心が反映された結果である。

日本の主要な仏教宗派における線香の上げ方を徹底的に比較解説し、各宗派がなぜその作法を採用しているのかを、教えの根幹から紐解いていく。
ご自身の宗派や、参列する葬儀の宗派で戸惑うことがないよう、宗派の正式なやり方と、線香に込められた仏教的な意味合いを深く解説する。

1. 線香の基本的な知識と意味

宗派ごとの違いを見る前に、線香の基本的な役割と、その行為に込められた意味を理解しておく必要がある。

1-1. 線香が持つ二つの意味

仏教において、線香を供える行為は、焼香と同じく供養浄化という二つの重要な意味を持つ。

  • 供養(香食): 香りの煙は、仏様や故人の食べ物(香食:こうじき)であると古来より考えられている。特に故人は四十九日の旅の間、この香りを糧にして成仏を目指すと説かれるため、絶やさずに供えることが重要とされる。
  • 浄化(自浄): 香りの煙は、その場を清め、参列者の心身に付いた穢れ(けがれ)を祓う作用がある。清らかな心で仏様や故人と向き合うための準備行為なのである。

1-2. 線香の着火と消火の作法

線香に火をつける際、そして火を消す際にも、守るべき作法がある。

  • 着火の作法: ロウソクの火から線香に火を移すのが正式な作法である。線香の先端に炎がついたら、すぐに息で吹き消してはならない。人間の息は穢れたものとされ、仏様に供える香を汚す行為とみなされるためだ。炎は、線香を持った手を軽く振って消すか、そのまま自然に燃え移るのを待つ。
  • 消火の作法: 火を消す際は、香炉の灰に静かに立てるか、寝かせるかして、自然に燃え尽きるのを待つ。

2. 宗派別 線香の上げ方と本数の教義的な意味

日本の主要な仏教宗派における線香の上げ方を、その本数と立て方、そして教義的な背景から詳しく解説する。

2-1. 天台宗・真言宗(密教系)

密教系の宗派は、仏教の基本である三宝や三密の思想を反映し、線香の供え方にも特定の作法を用いる。

  • 本数3本
  • 立て方: 香炉の中央に三角形になるように立てる。
  • 教義的意味: 3という数字は、仏教における基本概念である**「三宝(仏・法・僧)」や、密教の修行の基本である「三密(身・口・意)」**を象徴する。3本供えることで、仏教の教え全体に供養するという意味が込められる。

2-2. 浄土宗

浄土宗は、線香の供養そのものよりも、念仏を唱えることの重要性を説くため、作法には比較的自由な解釈が見られる。

  • 本数1本または2本
  • 立て方: 1本を香炉の中央に立てるか、2本を並行に立てる。
  • 教義的意味: 浄土宗は、焼香と同様に、線香の回数や本数そのものにこだわる必要はないという考え方である。念仏を唱える前の心身の浄化、そして故人への供養の心を重視する。

2-3. 浄土真宗(本願寺派・大谷派)

浄土真宗は、他の宗派と線香の上げ方が最も決定的に異なる宗派である。

  • 本数1本
  • 立て方: 1本の線香を折って、火がついた側を左にして香炉に横に寝かせる(臥香:がこう)。
  • 教義的意味:
    • 寝かせる理由: 浄土真宗は、故人は阿弥陀仏の力によってすぐに浄土に往生し仏になると説く(他力本願)。故人はすでに仏であるため、線香を立てて供養する「必要がない」と考える。また、線香を折って横にすることで、香炉の灰を掃除する手間を省くという合理的な理由もあるとされる。
    • 折る理由: 長い線香をそのまま使うと、燃焼時間が長くなり、故人が成仏するまでの四十九日の間に香りを絶やさないようにするという「自力」の修行に繋がると解釈されるため、燃焼時間を短くし、その行為に意味を持たせないように折るのである。

2-4. 曹洞宗・臨済宗(禅宗系)

禅宗は、修行と作法の実践を重んじるため、線香の上げ方も作法を重視する。

  • 本数1本
  • 立て方: 香炉の中央に1本だけ立てる。
  • 教義的意味: 禅宗では、「一本の線香が全てに通じる」という教えに基づき、線香は1本のみとするのが正式な作法である。この1本を大切に立て、香りが途絶えないよう、心を込めて静かに行うことが重要とされる。

2-5. 日蓮宗

日蓮宗は、宗祖の日蓮聖人を尊び、お題目を唱えることを最も重視する宗派である。

  • 本数3本
  • 立て方: 3本の線香を香炉の中央に三角形になるように立てる。
  • 教義的意味: 天台宗・真言宗と同様に、仏・法・僧の三宝への供養や、三世(過去・現在・未来)の仏様に香を供えるという意味合いがある。

3. 主要宗派の線香作法比較

線香の上げ方の違いを一覧で確認する。

天台宗・真言宗:
3本三角形に立てる〜仏・法・僧の三宝に供養する
浄土宗:1本または2本中央に立てる〜本数にこだわらず心を込める
浄土真宗(全派):1本を折って横に寝かせる(臥香)〜他力本願により供養の必要がないという思想
曹洞宗・臨済宗:1本中央に立てる〜一本の線香が全てに通じるという教え
日蓮宗:3本三角形に立てる〜三宝への供養を意味する

4. 線香を供える際の心構えと実践的な作法

線香を供える際、宗派の違いとは別に、参列者が守るべき基本的なマナーと心構えがある。

4-1. 仏壇と葬儀会場での線香の扱い

  • 仏壇(家庭): 仏壇では宗派の作法を厳格に守る必要がある。特に、浄土真宗の家庭では線香を横に寝かせる作法が必須である。
  • 葬儀会場: 葬儀会場では、焼香が主流であり、線香を供える機会は少ない。しかし、遺族が線香を立てる場所を用意している場合は、上記の宗派の作法に倣うか、1本を丁寧に立てるのが無難である。

4-2. 線香を立てる順番

複数人で線香を供える場合、一般的には以下の順番で進める。

  1. 導師(僧侶)
  2. 喪主
  3. 親族(故人との関係が深い順)
  4. 一般参列者(受付順など)

線香を供える際は、前の人の線香と間隔を空け、重ならないように静かに立てるか、寝かせる。

4-3. 供養の本質:心を静めること

線香の作法に細かな違いがあるのは、それぞれの宗派が長い歴史の中で、最も故人を手厚く供養し、仏の教えに近づくための方法を模索した結果である。

参列者にとって最も重要なのは、作法の回数や本数そのものに気を取られすぎず、線香の香りの煙とともに心を静め、故人の冥福を祈ることである。
線香を供えるという行為は、故人や仏様と静かに向き合い、自らの心を清めるための大切な時間なのだ。

5. まとめ:宗派の教えから学ぶ線香の本質

線香の上げ方は、宗派の教義が反映された象徴的な行為である。

浄土真宗が線香を寝かせるのは、自力での供養を否定し、故人がすでに仏になっているという他力本願の思想を貫くためだ。
一方、真言宗や日蓮宗が3本を立てるのは、仏教の根幹である三宝への敬意を具体的な行為で示している。

参列者は、線香の上げ方に迷った場合、宗派の正式な作法に倣うか、1本を香炉の中央に静かに立てるという略式作法を取るのが無難である。
線香を供えるという行為が、故人のための「食事」であり、参列者の心を浄化する「儀式」であることを理解し、厳粛な気持ちで臨むことが、最も正しい供養の形である。

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