はじめに
「自分が亡くなった後、家や預貯金は妻に残したい」
「子どもたちが相続でもめないようにしておきたい」
「お世話になった人にも財産を渡したい」
このような希望を法的な形で残すために使われるのが遺言書です。
遺言書を作成しておけば、自分の財産を誰にどのように引き継いでもらうかについて、一定の範囲で自分の意思を反映できます。
一方で、遺言書は自由に書けばよいわけではありません。
法律で定められた形式を守っていなければ無効になることがあり、内容によっては相続人とのトラブルにつながることもあります。
また、自分で書く「自筆証書遺言」、公証人に作成してもらう「公正証書遺言」など、作成方法によって費用や保管方法、亡くなった後の手続きも異なります。
この記事では、遺言書の種類、作り方、費用、効力、保管方法など、遺言書を作る前に知っておきたい基本をわかりやすく解説します。
遺言書とは
「遺言書」は一般には「ゆいごんしょ」と読まれますが、法律や相続の実務では「いごんしょ」と読むことも多くあります。
どちらか一方が誤りというわけではありません。
遺言書とは、自分が亡くなった後の財産の分け方などについて、生前の意思を残しておくためのものです。
法律で定められた方式に従って作成された遺言は、原則として遺言者が亡くなったときから効力が生じます。
遺言書がない場合、相続財産は民法で定められた法定相続分を基準として相続人同士で話し合い、遺産分割を行うのが一般的です。
しかし、遺言書があれば「自宅は妻に相続させる」「預貯金は長男と長女に半分ずつ相続させる」といった財産の分け方を指定できます。
法定相続人ではない人に財産を渡す「遺贈(いぞう)」を定めることもできます。
ただし、遺言書に書けば何でも自由に実現できるわけではありません。
一定の相続人には「遺留分(いりゅうぶん)」と呼ばれる最低限の相続権が保障されているため、その点にも注意が必要です。
遺言書とエンディングノートの役割や違いについては、エンディングノートとは?何を書く?書き方・遺言書との違いと家族で作るメリットでも詳しく解説しています。
遺言書を作っておいた方がよい人
遺言書は財産が多い人だけが作るものではありません。
財産の金額にかかわらず、相続人の構成や財産の内容によっては遺言書が大きな役割を果たします。
特に遺言書を検討したいのは、次のようなケースです。
・子どものいない夫婦
・再婚しており、前の配偶者との間にも子どもがいる
・相続人同士の関係があまりよくない
・特定の相続人に自宅や事業を引き継がせたい
・相続人ではない人に財産を残したい
・内縁の妻や夫に財産を残したい
・介護などで世話になった人に財産を残したい
・不動産が財産の大部分を占めている
・相続人ごとに異なる割合で財産を分けたい
特に子どものいない夫婦では、配偶者だけが相続人になるとは限りません。
亡くなった人の父母や兄弟姉妹などが相続人になる場合があるため、「すべて配偶者に残したい」と考えている場合は遺言書が重要になります。
遺言書には主に3つの種類がある
一般に利用される普通方式の遺言には、主に次の3種類があります。
・自筆証書遺言
・公正証書遺言
・秘密証書遺言
最も利用を検討しやすいのは、自分で作成できる自筆証書遺言と、公証人が関与して作成する公正証書遺言です。

自筆証書遺言
自筆証書遺言は、遺言者本人が自分で作成する遺言書です。
原則として、遺言書の全文、作成日、氏名を本人が自筆で書き、押印します。
財産目録については、一定の条件を満たせばパソコンで作成したものや、不動産の登記事項証明書、預金通帳のコピーなどを使用することもできます。
この場合は、財産目録の各ページに署名と押印が必要です。
自筆証書遺言の大きなメリットは、一人で作成でき、基本的には費用がかからないことです。
一方で、書き方を間違えると無効になる可能性があります。
自宅で保管している場合には、紛失したり、相続人に発見されなかったりする可能性もあります。
こうした問題を減らす方法として、法務局の「自筆証書遺言書保管制度」があります。
公正証書遺言
公正証書遺言は、公証人が関与して作成する遺言です。
原則として2人以上の証人が立ち会い、遺言者の意思を確認しながら公証人が遺言内容を公正証書にします。
公証人が遺言能力や内容を確認しながら作成するため、形式上の不備によって遺言書が無効になるリスクを抑えられるのが大きなメリットです。
作成した公正証書遺言は公証役場側で保存されるため、紛失や改ざんの心配も少なくなります。
遺言者が病気などで公証役場へ行けない場合には、公証人に病院や自宅などへ出張してもらえる場合もあります。
自筆証書遺言より費用はかかりますが、確実性を重視する場合に検討したい方法です。

秘密証書遺言
秘密証書遺言は、遺言の内容を秘密にしたまま、その遺言書が本人のものであることを公証人に確認してもらう方法です。
遺言書を封筒に入れて封印し、公証人と証人2人の前で自分の遺言書であることを申し述べるなど、決められた手続きを行います。
自筆証書遺言と違い、本文をパソコンで作成したり、第三者に筆記してもらったりすることもできます。
ただし、公証人は遺言書の内容そのものを確認しないため、内容や形式に問題があれば無効になる可能性があります。
また、公正証書遺言と比べて利用するメリットが限られることから、実際には自筆証書遺言や公正証書遺言を選ぶケースが一般的です。
自筆証書遺言と公正証書遺言はどちらを選ぶ?
どちらが適しているかは、財産の内容や家族関係によって異なります。
費用を抑え、自分で比較的簡単に作成したい場合は自筆証書遺言が選択肢になります。
自筆証書遺言を法務局に預ければ、紛失や改ざんの心配を減らすこともできます。
一方、財産が多い場合、不動産が複数ある場合、家族関係が複雑な場合、相続争いが予想される場合などは、公正証書遺言を検討する価値があります。
大きな違いを整理すると次のようになります。
| 自筆証書遺言 | 法務局保管の自筆証書遺言 | 公正証書遺言 | |
|---|---|---|---|
| 作成 | 原則本人が自筆 | 原則本人が自筆 | 公証人が関与 |
| 証人 | 不要 | 不要 | 2人以上必要 |
| 保管 | 自宅など | 法務局 | 公証役場側で保存 |
| 基本費用 | 原則不要 | 保管申請3,900円 | 財産額などにより異なる |
| 死亡後の検認 | 原則必要 | 不要 | 不要 |
| 紛失・改ざん | 注意が必要 | 心配が少ない | 心配が少ない |
「自筆だから不安」「公正証書だから必ずこちらがよい」と単純に決めるのではなく、自分の状況に合った方法を選ぶことが大切です。
遺言書はいつ作ればよい?
遺言書は、必要性を感じたときに元気なうちに作っておくのが基本です。
民法では、15歳に達した人は遺言をすることができます。
しかし、年齢だけを満たせば必ず有効になるわけではありません。
遺言をするときには、自分が行う遺言の内容やその結果を理解して判断できる能力が必要です。
認知症などで判断能力が低下してから遺言書を作った場合、亡くなった後に「作成時に遺言能力がなかった」として争いになることがあります。
「まだ元気だから必要ない」と先延ばしにするよりも、自分の財産や家族への希望を冷静に考えられるうちに作っておく方が安心です。
また、遺言書は一度作ったら変更できないものではありません。
財産や家族の状況が変わった場合には、内容を見直すことができます。
結婚、離婚、配偶者との死別、不動産の売却、相続人の死亡など大きな変化があったときには、遺言書を確認するとよいでしょう。
遺言書には何を書ける?
遺言書には、相続に関するさまざまな内容を定めることができます。
代表的なものとして、次のような内容があります。
・誰にどの財産を相続させるか
・法定相続分とは異なる割合で財産を分ける
・相続人ではない人や団体へ財産を遺贈する
・遺言執行者を指定する
・子どもの認知をする
・祭祀を主宰する人を指定する
一方、家族への感謝や葬儀の希望などを書いたとしても、そのすべてに法的な強制力が生じるわけではありません。
たとえば「葬儀は家族葬にしてほしい」「兄弟仲良く暮らしてほしい」といった希望を書くことはできますが、それだけで家族に法的義務を負わせるものではありません。
また、遺言書によって借金を消したり、相続人に相続放棄を強制したりすることもできません。
遺言書に書く内容と、家族への希望として伝えておく内容は分けて考える必要があります。
遺言書を書けばすべて思い通りになるわけではない
遺言書を作成すれば、自分の財産の分け方について大きな意思表示ができます。
ただし、その内容がすべて無条件に実現するわけではありません。
特に注意したいのが遺留分です。
遺留分とは、兄弟姉妹以外の一定の法定相続人に保障されている最低限の遺産取得分です。
たとえば「全財産を長男に相続させる」という遺言書を残した場合でも、配偶者や他の子どもなどに遺留分があれば、遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。
遺留分を侵害する内容が書かれているからといって、遺言書そのものが直ちに無効になるわけではありません。
しかし、亡くなった後のトラブルを防ぐためには、遺留分まで考慮して財産の分け方を決めることが重要です。
遺言書が無効になることもある
せっかく遺言書を作っても、法律で決められた要件を満たしていなければ無効になることがあります。
自筆証書遺言では、特に形式上のミスに注意が必要です。
たとえば、現在の自筆証書遺言では次のような点が問題になります。
・本文が本人の自筆ではない
・作成日が特定できない
・署名がない
・押印がない
・パソコンなどで作った財産目録に必要な署名や押印がない
また、形式上は正しくても、遺言書を作成した時点で遺言内容を理解できる判断能力がなかったと認定されれば、遺言の有効性が争われる可能性があります。
財産が多い場合や家族関係が複雑な場合には、自分だけで判断せず、公証人や弁護士、司法書士などの専門家への相談も検討しましょう。
遺言書はどこに保管する?
自筆証書遺言を自分で保管する場合、保管場所に法律上の決まりはありません。
しかし、遺言書が見つからなければ、せっかく作っても内容を実現できません。
反対に、簡単に見つかる場所に置いておけば、紛失や破棄、改ざんなどの心配があります。
自筆証書遺言の保管方法として利用できるのが、法務局の自筆証書遺言書保管制度です。
法務局で原本を保管してもらえるため、紛失や改ざんなどのリスクを抑えられます。
保管申請の手数料は、遺言書1件につき3,900円です。
さらに、法務局に保管されている自筆証書遺言については、遺言者が亡くなった後の家庭裁判所による検認が必要ありません。
ただし、法務局は遺言書の内容が法的に適切かどうかまで審査してくれるわけではありません。
法務局へ預けたからといって、遺言内容そのものの有効性が保証されるわけではない点には注意しましょう。
遺言書の作成にはいくらかかる?
遺言書にかかる費用は、作成方法によって大きく異なります。
自筆証書遺言を自分で作成して自宅などで保管する場合、基本的には作成費用はかかりません。
法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用する場合は、保管申請1件につき3,900円です。
秘密証書遺言については、公証人による手続きの手数料として13,000円がかかります。
公正証書遺言は、相続または遺贈させる財産の価額や財産を受け取る人の数などによって手数料が変わります。
たとえば、すべての財産を1人に相続させる場合の基本的な公証人手数料は、財産額1,000万円なら20,000円、3,000万円なら26,000円、5,000万円なら33,000円、1億円なら49,000円です。
さらに、遺言の目的となる財産の総額が1億円以下の場合は、13,000円の遺言加算があります。
したがって、財産1,000万円を1人に相続させる単純なケースなら、基本手数料20,000円に遺言加算13,000円を加えた33,000円が一つの目安です。
ただし、相続または遺贈を受ける人が複数いる場合は、それぞれが受け取る財産額をもとに手数料を計算して合算します。
証書の枚数や公証人の出張などによっても追加費用が発生するため、実際の費用はケースによって異なります。
弁護士や司法書士などに遺言書の作成支援を依頼する場合には、これとは別に専門家への報酬が必要です。
亡くなった人の遺言書を見つけたら勝手に開封しない
家族が亡くなった後、自宅から封印された遺言書が見つかることがあります。
この場合、遺族だけで勝手に開封してはいけません。
自宅などで保管されていた自筆証書遺言は、原則として家庭裁判所へ提出し、「検認」という手続きを受ける必要があります。
封印されている遺言書は、家庭裁判所で相続人などの立ち会いのもとで開封します。
一方、法務局に保管されている自筆証書遺言と公正証書遺言については、家庭裁判所による検認は必要ありません。
遺言書を発見した場合は、どの種類の遺言書なのかを確認してから手続きを進めることが大切です。
2026年に遺言制度の改正法が成立
2026年6月、遺言制度を見直す民法等の改正法が成立し、6月24日に公布されました。
大きな変更の一つが、デジタル技術を利用して作成する新しい「保管証書遺言」の創設です。
パソコンなどで作成した遺言のデータや印刷した書面を法務局に提供し、本人確認や遺言内容の確認など所定の手続きを経て法務局で保管する仕組みが予定されています。
また、自筆証書遺言などで現在必要となっている押印についても、改正によって見直されることになっています。
ただし、2026年8月現在、これらの新しい遺言制度はまだ施行されていません。
現在遺言書を作成する場合は、現行制度の要件に従う必要があります。
今後、施行日や具体的な手続きが決まった段階で、最新の制度を確認することが大切です。
まとめ
遺言書は、自分の財産を希望どおりに残すためだけのものではありません。
財産の分け方をあらかじめ明確にしておくことで、残された家族が相続について一から話し合う負担を減らせる可能性があります。
特に子どものいない夫婦、再婚家庭、不動産が多い家庭、相続人同士のトラブルが心配な家庭では、遺言書を作っておく意味は大きいでしょう。
一方で、遺言書には法律上の形式があり、遺留分など考慮しなければならないルールもあります。
まず自分の財産と相続人を整理し、「誰に何を残したいのか」を考えるところから始めてみましょう。
内容が単純であれば自筆証書遺言と法務局の保管制度を利用する方法もあります。
財産が多い場合や家族関係が複雑な場合、確実に遺言を実現したい場合には、公正証書遺言や専門家への相談も検討すると安心です。


