はじめに
年齢が高くなると「布団に入ってもなかなか寝付けない」「夜中に何度も目が覚める」「早朝に目が覚めてそのまま眠れない」という悩みを抱える人が増えてきます。
もちろん、睡眠に関する悩みは全世代に共通なのですが、特にシニア世代以降で不眠を訴える人が増加します。睡眠障害の原因は加齢による自然現象、何らかの病気が隠れているケース、生活習慣の変化によるものなどが考えられます。
そこで今回は、高齢者によくある睡眠障害や治療法について解説していきます。
高齢者によくある睡眠障害とは?
睡眠障害のタイプとして代表的なものに、以下の4つがあります。
■入眠困難・・・寝床に入ってもなかなか寝付けない
■中途覚醒・・・寝ている途中で何度も目が覚める
■早朝覚醒・・・朝早くに目が覚めてその後眠れない
■熟睡困難・・・ぐっすり眠れた感じがしない
現在の診断基準では眠れる状況にあるのに眠れない症状に加えて、日中の症状により生活に支障が出ている状態が、「週に3日以上の頻度で」「3か月以上継続」している場合は「不眠症」と診断されます。 また、不眠症のほかにも睡眠を妨げる病気がいくつかあり、それらの診断と治療により睡眠障害が軽快するケースもあります。
睡眠時無呼吸症候群
睡眠時無呼吸症候群は睡眠時に呼吸が停止または低呼吸となる事により、睡眠が妨げられます。無呼吸とは睡眠中に気道の空気の流れが10秒以上停止する事を指し、それが1時間に5回以上、もしくは一晩(7時間)に30回以上認められると、睡眠時無呼吸症候群と診断されます。
原因は、加齢、飲酒、喉頭がんなどの病気や女性ホルモンの減少、あごが小さいなどがありますが、肥満の人は気道周辺についた脂肪が空気の通り道を狭める事から、睡眠時無呼吸症候群になりやすい事がわかっています。
睡眠時無呼吸症候群を発症すると、睡眠中に何度も無呼吸になる事で脳が覚醒して熟睡できません。脳や体が慢性的な酸素不足に陥り、頭痛や疲労感、記憶力の低下などが起こり昼間の生活にも影響を及ぼします。時に昼間に強い眠気に襲われる事があり、居眠り運転による事故の発生が社会問題にもなっています。
典型的な症状として「いびき」がありますので、家族からいびきをよくかいているといわれ夜間に何度も目が覚める人は、医療機関で検査を受ける事をお勧めします。 放置すると、気道が閉塞したまま呼吸をするため心臓や血管に負担がかかり、低酸素状態が夜間の血圧の急上昇を起こし、心不全や脳卒中など深刻な合併症を起こす危険性が高くなります。
現在では睡眠中の呼吸状態を記録する簡易検査があり、自宅で一晩機器を装着して就寝し、睡眠時無呼吸症候群かどうかを診断する事ができます。さらに正確な診断のため、入院下で睡眠ポリグラフ検査が行われる事もあります。 診療科は内科や循環器科が一般的ですが、近年増えている睡眠外来や睡眠センターを設置している病院で検査や治療が受けられます。
治療法は睡眠中に鼻から空気を送り気道を広げて無呼吸を防止するCPAPという方法が有効ですが、肥満を解消する本人の努力も必要になってきます。
レストレスレッグス症候群
レストレスレッグス症候群は「むずむず脚症候群」や「下肢静止不能症候群」とも呼ばれ、下肢に不快感が生じて睡眠を妨げたり、椅子などに静かに座っていられない状態になったりする病気です。 足を動かすと症状が和らぐため、じっとしている事ができなくなります。
足の不快感や痛みで眠れず、昼間の生活に影響が出ます。日本では20人から50人に1人にみられ、女性は男性の1.5倍で、中高年以降に急増します。 原因は体質によるものと、糖尿病やアルコール依存症などの慢性疾患で起こるものとがあります。
周期性四肢運動障害
周期性四肢運動障害は睡眠中に手や足の不随意運動(ピクつき)が周期的に出現するため、熟睡できません。レストレスレッグス症候群と同時に発症する事が多く、原因に類似性があると考えられています。
夜間の睡眠が妨げられる事で、昼間の生活や活動に支障をきたすようになります。本人は睡眠時の四肢の動きに気がつかないため、診断には睡眠ポリグラフ検査を受ける必要があります。この病気も、年齢が上がるとともに発症数が多くなります。
レム睡眠行動障害
睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠とがあり、レム睡眠のレムはRapid Eye Movementの頭文字をとったものです。レム睡眠では眼球が急速に動くためこの名称がつけられました。このレム睡眠のときに人は夢を見ていて、脳の活動は高まっていますが身体は弛緩し、脱力状態になるという特徴があります。
ところが、身体が脱力状態にならずに見ている夢のとおりに体が動いてしまう場合があります。具体的には大声で怒鳴ったり腕を振り回すなどで、本人や周囲の人に危害を加えてしまう可能性もあります。
50歳以上の男性に多く見られ、パーキンソン病やレビー小体型認知症を合併しているケースもあります。 睡眠中にこのような異常行動があれば、その内容の確認および睡眠ポリグラフ検査により診断がつきます。
睡眠障害の主な原因とは?
高齢になると睡眠に関する悩みを訴える人が増えるのは、ある程度は自然の摂理ともいえます。加齢により睡眠のリズムを調整する脳の機能が衰えるため、若いころより熟睡できなくなるのです。つまり、年齢があがるとともに眠る力も衰えてくるのが、高齢者に睡眠障害が増加する理由です。
また中高年以降は定年を迎え、仕事を完全に辞めたり働き方を変えて仕事量を減らしたりする人も多くなります。ライフスタイルの変化により昼間の活動量が減る事も、不眠の原因になります。
仕事をしている間は昼間は活動的で夜間はリラックスするという決まったリズムを繰り返すケースが一般的ですが、リタイア後は規則正しい生活が難しくなる傾向にあります。 加齢により睡眠の力が衰えるのはある程度は仕方なくても、生活のリズムを整える事で眠る力を取り戻す事は可能です。
睡眠障害になった場合には?
心配事や緊張などが原因で一時的に眠れなくなる事は健康で若い人にも起こりますが、不眠が慢性化し日中の生活や活動に支障が出るようになると、何らかの対応が必要になります。
最近では、慢性の不眠がうつ病や生活習慣病のリスクを高める事も明らかになっているので、睡眠の異常を放置するのは好ましくありません。また睡眠時無呼吸症候群をはじめとする不眠を引き起こす病気の有無を確認し、もし診断がなされればその病気の治療を優先します。
不眠症の診断基準である、眠れる状況があっても眠れない不眠の症状に、日中に症状が現れて生活に支障が出ている状態が、週に3日以上あり、それが3か月以上続いているという場合には、不眠症の治療を開始します。 不眠症の治療方法には、睡眠薬による「薬物療法」と、不眠につながる生活習慣を改める「非薬物療法」とがあります。
薬物療法による対処の種類
現在、睡眠薬として使われている薬は「ベンゾジアゼピン系睡眠薬」と「非ベンゾジアゼピン系睡眠薬」のふたつが主流です。 さらに、近年では新しいタイプの睡眠薬として「メラトニン受容体作動薬」と「オレキシン受容体拮抗薬」が登場しています。
この2つは脳内にある睡眠調整にかかわるホルモンに働きかける作用をもち、副作用が少なく自然な眠りを促す効果があります。
ベンゾジアゼピン系睡眠薬
日本では50年ほど前から使われており、不眠症のタイプに応じて作用時間が短いものから長いものまで、数多くの種類があります。
不眠症に処方される事が最も多い薬ですが、筋弛緩作用があるため「ふらつき」や「転倒」が起こりやすく、認知機能低下の懸念も指摘されている事から近年では高齢者の使用は避けるのが望ましいとされています。また、身体依存が生じやすいので、長期間服用すると薬の摂取を中断する事が難しくなります。
非ベンゾジアゼピン系睡眠薬
ベンゾジアゼピン系睡眠薬に比べると筋弛緩作用が弱く、身体依存も生じにくいとされています。ただし、ふらつきや転倒が全く起こらないわけではありません。高齢者は慎重に服用する必要があります。
メラトニン受容体作動薬
睡眠ホルモンであるメラトニンと同じ働きをする薬で、睡眠リズムを調整する働きがあります。体内時計を整えて寝つきをよくするため、夜型のような就寝時差がある人の不眠症にも使われます。
オレキシン受容体拮抗薬
脳内ホルモンであるオレキシンの、目覚めを促す作用を遮断する事で眠れるようにする薬です。作用時間が長めのため、早朝覚醒しやすい高齢者に効果が期待されています。
薬物療法のメリットは即効性がある事で、長年不眠に悩んでいる人は睡眠薬の服用により大いに救われます。一方で、睡眠薬の副作用として「ふらつき」「翌日への眠気の持越し」「服薬後の健忘」などがあり、特に高齢者は副作用が問題になります。
また、睡眠薬の長期服用後に急に薬をやめると一時的に不眠症状がひどくなり、動悸やイライラなどの「離脱症状」が現れやすくなります。したがって、睡眠薬を中止する際も、医師の指導のもと徐々に減らす必要があります。
非薬物療法による対処
非薬物療法は睡眠に関する知識を得て、眠りを妨げている生活習慣を改める事を目的とした「睡眠衛生指導」と、睡眠についての誤った考えや行動パターンを修正する「認知行動療法」からなります。 不眠症の治療のための睡眠薬の使い方に関しては、2013年に厚生労働省研究班と日本睡眠学会が共同でガイドラインを作成しています。
このガイドラインでは不眠症の治療には最初から睡眠薬を使わず、まず「睡眠衛生指導」により不眠を招く生活習慣の改善を図り、それでも不眠が解消されない時に初めて睡眠薬治療を行う事が推奨されています。
睡眠衛生指導の内容
■なるべく定期的に運動をする
■寝室を快適な環境に整える
■規則正しい食生活をし、空腹のまま寝ない
■就寝前に水分を取りすぎない
■就寝の4時間前からカフェインの入った飲料をとらない
■就寝前に飲酒や喫煙をしない
■寝床で考え事をしない
不眠症の認知行動療法の例
■眠くなったときだけ寝床につく
■寝床では睡眠以外の事を行わない
■眠気がなければいったん寝床を離れる
■眠れそうになるまで寝床に入らない
■15分経っても入眠できないときは寝室を出る
■それでも眠れないときは上記の3~5を繰り返す
■平日も休日も同じ時刻に起床する
■日中は眠くなっても昼寝をしない
快眠のヒント
■寝る前にブルーライトを浴びない
テレビやパソコンが発するブルーライトは睡眠物質のメラトニンを抑制するため、寝る前の2時間は見ないようにしましょう。寝床にスマホやタブレットを持ち込むのもやめます。
■正しい入浴が効果的
寝る90分前までには入浴を済ませ、体の深部体温を下げる事で深い睡眠を得られます。
■室温の調整をする
夏は25~26℃、冬は18~19℃が快適に眠るための室温です。やや低めの室温が睡眠の質をよくします。
■太陽の光をじゅうぶん浴びる
日中に太陽の光を浴びる事で、セロトニンの分泌を促します。セロトニンは睡眠ホルモンであるメラトニンの材料となるため、太陽光を浴びる事が快眠につながります。
おわりに
年齢とともに若い時のように熟睡する事は難しくなりますが、快眠を妨げる習慣を改めて生活リズムを整える事によって不眠の症状を軽減させる事は十分に可能です。また、不眠を招いている病気が隠れていないかを一度疑ってみる事も必要です。
健康的な生活を送るには睡眠の量、質ともに重要で、睡眠不足や質の悪い睡眠は不健康を招き、老後の生活を脅かしかねません。健康寿命を延ばすためにも、よい睡眠が得られるような生活習慣を取り入れましょう。