はじめに
人生の最期のときを穏やかに過ごすためには、どんな場所を選ぶのが良いのでしょうか? そのひとつの選択肢に「ホスピス」があります。ホスピスとは何か、その特徴やホスピスで受けられるケア、費用などについてわかりやすく解説します。
ホスピスとは
「ホスピス」とは、終末期、人生の最期のときをその人らしく穏やかに過ごせるように、さまざまな苦痛をやわらげる緩和ケアをおこなう施設です。精神的、社会的なケアも含め、専門スタッフが包括的にサポートします。
近年は、自宅で過ごしたいという人のために医師や看護師がチームを組んで、自宅を訪問してケアを行う「在宅ホスピス」という仕組みもあります。
ホスピスのケアを受けられる場所
もともと「ホスピス」という言葉は、終末期の苦痛をやわらげるケアを指す言葉でした。日本では、そうしたケアをおこなう施設を「ホスピス」と呼ぶようになりました。
元来、ホスピスは専門の施設や病院の緩和ケア病棟に限られていましたが、近年では、「ホスピスプラン」を提供する有料老人ホームやサービス付き高齢者住宅が増えてきました。
それ以外にも、訪問診療・訪問看護・訪問介護などによる在宅ケア、一般病棟での緩和支援ケアチームによる緩和ケア、ホスピス緩和ケア専門外来、あるいはまだ一般に普及していませんがホスピス緩和ケアのデイケアなどがあり、必ずしも終末期であることを前提としない場合もあります。
お別れまでの時間をホスピスで過ごす、苦痛がやわらいだら自宅に帰るなど、利用方法の幅も広がっています。
ホスピスの歴史
ホスピスは1967年、シシリー・ソンダース博士によって開設されたロンドン郊外の「聖クリストファー・ホスピス」に始まります。主にがんの末期患者の苦痛を、チームを組んでケアしていこうというものでした。
日本では1981年に浜松の「聖隷ホスピス」、1984年に「淀川キリスト病院ホスピス」が開設されました。
ホスピスの数
厚生労働省が指定する基準を満たしたホスピスの施設を「ホスピス緩和ケア病棟」と言います。NPO法人日本ホスピス緩和ケア協会によると、2021年現在日本全国に、ホスピス緩和ケア病棟は459施設・9464病床あります。
2006年6月に「がん対策基本法」が成立し、国及び地方公共団体に、「がん患者の状況に応じた疼痛等の緩和を目的とする医療が早期から適切に行われるために必要な施策を講じるべきこと」が定めら、病床数が徐々に増えていきました。病室は個室が多く、プライバシーが守られています。
ケアの対象となる人は?
ホスピスは、苦痛をやわらげて最期のときを穏やかに過ごしたい人を対象としています。ホスピス緩和ケア病棟の場合、利用対象となるのは、現在の保険診療上は「主として苦痛の緩和を必要とする悪性腫瘍(がん)の患者または後天性免疫不全症候群(AIDS)の患者」となっています。
現状では、その他の病気での利用は困難といえます。がん以外の難病の場合、専門病棟を設置している施設もあるので、病院のソーシャルワーカーや保健所などの行政相談窓口に問い合わせるのが良いでしょう。
患者本人が自身の状況をしっかり理解していないと、ホスピスで受けるケアに不信感を抱くケースにもつながります。認知症の症状が進行している場合は、個別の相談が必要となります。
また、患者だけでなく、その家族もケアの対象になります。
原則病気の治療はしない
ホスピスでは、原則病気そのものに対する治療はおこないません。抗がん剤の使用や手術などを受けることは、基本的にはできません。
ただし一般的に、レントゲンや血液検査、輸血、点滴など全身状態を維持するために必要な検査や治療はおこないます。患者やその家族の希望や必要に応じて、症状緩和のための外科的治療や放射線治療がおこなわれることもあります。
民間療法についても、患者が望んだ場合には持参されたものを使用することはあります。ただし、医学的にみて明らかにからだによくないと思われるもの、他の患者の迷惑になるものなどは断られることもあります。
チーム・アプローチ
ホスピスでのケアの特徴として挙げられるのが、チーム・アプローチです。
患者本人と家族を中心に、医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、理学療養士、心理職、ソーシャルワーカーなどの専門スタッフとボランティアとで構成するチームによるケアが基本になります。
家族もケアに参加できる
ホスピスには、家族もケアに参加できるように、家族が宿泊するための設備が整っている施設もあります。家族用のキッチンがあったり、病室に電気ポットや冷蔵庫などを備えている場合もあります。家族用設備については施設によって状況が異なり、また新型コロナウイルスの影響で一時的に利用できなくなっているところもあるので、施設に確認してください。。
また、患者が判断するのが難しくなった場合、家族が患者の意思決定を手伝うことがあります。患者が望んだ場合や病状によっては、付き添うことも可能です。
ホスピスに入居するには
ホスピスへの入居を希望する場合、かかりつけの病院のがん相談支援センターで相談することができます。また、地域包括支援センターや医師会の在宅医療介護連携支援室でも情報を入手できます。ケアマネジャーに聞いてみるのも良いでしょう。
近年は病院の緩和ケア病棟だけでなく、「ホスピスプラン」のある有料老人ホームなど選択肢が広がり、よりいっそう希望に沿ったケアを受けやすくなっています。
ホスピスで受けられるサービス
ホスピスでは、どんなサービスが受けられるのでしょうか?
入院の際、本人や家族の意向を聞いたうえで、その人が望むケアが決定されます。ケアにあたっては、医師、看護師だけでなく、心理職やソーシャルワーカーなどさまざまな立場の専門スタッフが援助します。
ホスピスで受けられるサービスには、身体的ケア、精神的ケア、社会的ケアの3つの側面があります。
対象となる苦痛は、痛みなどの身体的なものだけではありません。死を受け入れられずにつらい思いをしているときなど精神的な悩みには心理士らが対応しますし、経済的に問題を抱えているのであればソーシャルワーカーが公的支援を受けられるようにサポートします。
ホスピスでの身体的ケア
症状による痛みの緩和治療(呼吸苦など疼痛コントロールや放射線治療など)をおこないます。治療によっては延命治療にあたるものもあり、どこまでの処置をおこなうかは、家族が医師と相談のうえ決定します。
食欲がなかったり口内炎などを患っていたりしても食べやすい食事を支援し、からだを拭いたり髪を整えたりといった身だしなみのサポートをします。
ホスピスでの精神的ケア
死に対する不安や家族・仕事などの心配ごとについて、心理職の専門家がカウンセリングし、家族との時間を穏やかに過ごせるように調整します。ベッドの周辺にはお気に入りのものを置いたり、音楽をかけたりしてリラックスできる環境づくりをし、季節ごとのレクリエーションも用意されています。
僧侶や牧師など宗教家の講話を聴くこともできます。
ホスピスでの社会的ケア
買い物代行や外出支援をはじめ、福祉制度を利用する際の手続きなど、患者やその家族の生活全般についてソーシャルワーカーがサポートします。自宅に戻る場合は、ケアマネジャー、訪問看護、訪問介護などを手配します。
「緩和ケア」と「ホスピスケア」
「緩和ケア」については、2012年の「がん対策推進基本計画」で「がんと診断された時からの緩和ケアの推進」が重点的に取り組むべき課題として位置づけられています。
緩和ケアは、終末期に限ったものではありません。がん患者とその家族が、可能な限り質の高い治療・療養生活を送れるように、身体的症状の緩和や心理的な問題などへの援助が、がんと診断されたときからがん治療と並行しておこなわれることが求められているのです。
これに対して、「ホスピスケア」は、終末期の患者とその家族の苦痛を最小限にすることを主な目的とするケアのプログラムです。症状の軽減を優先し、診断検査や延命治療などはほとんどおこないません。
ホスピスプログラムは延命を重視しませんが、適切なホスピスケアによって、わずかながら余命が延びることがあります。これはおそらく、通常の治療では手術や積極的な薬物療法による重篤な副作用が起こることがありますが、ホスピスケアでは起こらないからです。
「緩和ケア」と「ホスピス緩和ケア病棟」
病院でがんに対する治療を受けながら、痛みの程度にあわせて「緩和ケア」のサービスを利用することができます。主治医は基本的に替わりません。苦痛の緩和以外の治療については、主治医が責任をもって継続して診療します。
「緩和ケア」を受けつつ、病院内に併設された「ホスピス緩和ケア病棟」の予約をすることも可能です。同じ病院なので患者の病状や治療法などについての情報伝達がスムーズで、家族も新たにホスピスを探す必要がなく、負担が少ないといえます。
自宅での「在宅ホスピス」
症状がある程度安定している、患者と家族が希望して家族のサポートが受けられる、患者自身が自分の病状を正しく理解しているなど一定の条件を満たせば、医師や看護師が自宅を訪問してケアをおこなう「在宅ホスピス」の仕組みが利用できます。
住み慣れた家で残された時間を家族と一緒に過ごすことは、患者にとって一番幸せなのかもしれません。在宅ホスピスの医療関係者は専門の病院や施設と連携しているので、患者や家族の状況によって在宅が困難になった場合には、病院などでの治療を受けられる環境を速やかに整えてくれるのが特徴です。
在宅ホスピスは介護保険が利用できる
在宅でのホスピスケアでは、介護保険サービスを上手に利用し、負担を減らすことができます。65歳以上の第1号被保険者の場合、がん疾患であっても要介護認定を受け、要支援から要介護5までの状態に認定されれば、介護保険サービスが受けられます。
また、「がん疾患で、医師が医学的知見に基づき回復の見込みがない状態に至ったと認められるものに限る」という条件がつきますが、40歳~64歳の第2号被保険者に対しても介護保険サービスが受けられるようになりました。在宅ホスピスを考えている場合には、まず主治医やケアマネジャーに相談しましょう。
ホスピスにかかる費用
ホスピス緩和ケア病棟の場合、基本的に費用はどのくらいかかるのでしょうか?
通常、入院料に加えて、食事代と個室料金(差額ベッド代)がかかります。
NPO法人日本ホスピス緩和ケア協会によれば、入院費用は、健康保険の適用により、70歳以上の人は1割負担で1か月あたり約15万6000円(自己負担限度額は5万7600円)、70歳未満の人は、3割負担で約46万9000円(自己負担限度額は約9万3000円)になります。
いずれも入院前に加入している健康保険の窓口に保険証や印鑑を持参して、「限度額適用認定証」を交付してもらって病院に提出すれば、自己負担限度額の支払いで済みます。ただし、ここに記載した金額は一般所得の人の場合で、高額所得者は自己負担が加算されます。
食事代は標準負担額が1食460円(1か月4万1400円)、また個室料(差額ベッド代)が別途かかる場合が多いです。そのほか自費で負担する費用として、寝具のリース料金やおむつ代、病院着などがあります。
入院期間が長期になったり施設利用料が高額になったりした場合は、健康保険の高額療養費制度が適用されます。
有料老人ホームやサービス付き高齢者住宅に入居する場合は、居住費・管理費、食費や日常生活費、医療介護サービス費などがかかります。居住費・管理費は入居する部屋や地域によって異なりますが、月に15~30万円、医療介護費用の目安は5~25万円程度です。ホスピスの特性から、入居一時金を求めないところが多いようです。
在宅ホスピスの場合は、医師の訪問診察にかかる費用、看護師の訪問看護にかかる費用、薬代、そのほか、医師または看護師の訪問の際の交通費、特別な医学管理が必要な場合の費用、ケアマネジャーに情報提供を行う費用(居宅療養管理指導料)などがかかります。
在宅ホスピスは、診療体制の充実度や重症度により費用がかなり異なります。高額療養費制度が適用されるので、通常1か月の自己負担分は、70歳以上の人は数万円が目安です。詳細はそれぞれのクリニックに問い合わせてください。
まとめ
これまでの説明で、人生の最期を穏やかに過ごすために、「ホスピス」がひとつの選択肢として有効な理由がおわかりになったでしょうか?
ホスピスの特徴をよく理解したうえで、家族とも話し合い、自分に合った場所を選ぶようにしましょう。主治医はもちろん、地域包括支援センターなどを活用して、悔いの残らない選択をしてください。