仏壇やお墓の前で手を合わせて「線香をあげる」という行為には、深い意味が込められています。今まで何気なく行っていた人も、線香をあげることにどのような意味があるのかを知ると、故人を悼む気持ちもより深いものになるでしょう。また、線香をあげるときの作法を知っておくと、突然弔問することになったときでも迷わずに済みます。線香をあげる意味と手順、線香のあげ方、宗派による作法の相違について紹介します。
線香をあげる意味と手順について
(1) 線香をあげる意味と由来
そもそも線香をあげることにはどのような意味があるのでしょうか。
- ①故人への供物
仏教経典のひとつに「倶舎論(くしゃろん)」というものがあり、この倶舎論で、「人間は死後に匂いを食べ、良い行いを重ねた死者はよい香りを食べる」というような内容の記述があります。これが元になって、線香をあげることは故人への供物であるとされてきました。
特に、四十九日が過ぎるまでの間、死者が食べるためにたく線香を「食香」といいます。四十九日が過ぎるまで線香の火を消さないようにする風習も残っています。
- ②故人と対話する。
線香をあげることで故人に思いを伝えることができるとされています。仏様と心をつなげる線香に火をつけると立ち上る煙は、あの世とこの世をつなぐ橋渡しになるともいわれています。
- ③仏様の道しるべ
線香をあげることは、故人があの世へ行くための道しるべであるとされています。
- ④仏壇へのお供え
仏壇には「灯華香飯(とうげこうはん)」と呼ばれるお供えものをします。「灯」は灯明、つまりろうそくの明かりのことで、「華」はお花、「香」はお線香、「飯」はご飯です。
特にろうそくとお花、お線香は「香華燈燭(こうげとうしょく)」という言葉でも表され、欠かせません。
- ⑤自身の身を清める。
仏教が生まれたインドでは、高貴な方と接する際は必ず線香を焚く作法があります。これは、仏様が説教の中で、日常の俗世間でいつの間にか汚れてしまった心を清めるためにお香を焚いて清めるよう説いたからだと言われています。
線香の香りは、線香をあげる人の心と体や、その場を清めてくれます。線香をあげることにより、俗世に生きる人の身と心を清めてから故人に挨拶ができるのです。
線香の基本的な作法と宗派による違いについて
(1) 線香の基本的なあげ方
一般的な線香の上げ方の流れとしては、
- ①まず仏壇の前に正座し、数珠があれば手にかけ軽く一礼します。
この時ご遺族が近くにいる場合は、先にご遺族に一礼します。
- ②ろうそくに火を灯し、その火で線香を灯して香炉に立てます。
鈴を2つ打って鳴らし、合掌します。(浄土真宗本願寺派はお線香をあげる時に鈴を鳴らしません)。
- ③最後にろうそくの火は口で吹き消さずに、手であおいで火を消します。
他に線香をあげる人がいる場合は火を消す必要はありません。
- ④最後に軽く一礼して終わります。
(2) 線香の選び方
お供えする線香は、ポイントを押さえておくと選びやすくなります。線香を選ぶ際のポイントでは、長さ、香り、煙の量があります。
- ①長さ
一般的な線香は「短寸」という細長い棒状の形をしており、長さは約13.5センチです。
この長さの線香を燃やした場合、燃焼時間は30分ほどが目安で、これは、お経を一回読む長さに当てはまります。
- ②香り
線香の香りは、大きく分けると「香り線香」と「杉線香」の2種類があります。
香り線香とは、簡単にいうと「香りを楽しむための線香」なので、花や果物・コーヒーといったさまざまな香りをお供えできることが特徴です。「杉線香」は、乾燥させて粉末状にした杉の葉で作られたもので、ヤニによる煙が多いことから屋外でのお参り用に利用されます。
- ③煙の量
室内で火災警報機の近くでは煙の量が多いと感知されたりする危険性もあります。心配な場合は、煙の量が少ない線香を選ぶことをおすすめします。
(3) 線香の上げ方の宗派による相違
同じ宗派でもお寺や地域によってお線香の手向け方が異なることがあります。
- ①線香を1本立てて供える宗派(曹洞宗・臨済宗・日蓮宗)
線香を香炉の真ん中に1本立てて供えます。
線香を1本立てる理由は「一心に祈る」という意味や「仏の真の教えは一つだけである」という意味が込められていると言われます。昔は線香が燃え尽きるまでの時間を計って修行や瞑想をしていたそうです。
- ②線香を2本か1本を2つに折って供える宗派(浄土宗)
浄土宗では1本のお線香を2つに折るか、2本の線香を使います。2本同時に火をつけて香炉の真ん中に立てます。
- ③線香1本を寝かせて焚くか、2~3回折って供える宗派(浄土真宗本願寺派・大谷派)
浄土真宗系では線香は立てずに長香炉に寝かせて焚くか、土香炉の大きさに合わせて線香を2~3回折ってから火をつけ、火のついた方を左にして灰のうえに寝かせます。
横に寝かせて置くのは線香のなかった時代に、灰の中に作った溝にお香を燃して香り供養をしていた名残と言われます。もともと浄土真宗では、「常香盤」という香炉を用いていました。常香盤は、内部に灰を敷き詰めて溝を掘り、その中に抹香を入れて火を付けるタイプの香炉です。つまり線香を折って寝かせるのは、常香盤を使ったお香の焚き方を模したものです。
・お墓に香皿がなければ線香は立ててもいい。
浄土真宗に限らず、線香のあげ方の作法はお墓参りでも守るのが基本ですが、線香を寝かせられるような香炉(香皿)を備えていないお墓は非常に多く、作法通りにできないことが少なくありません。その場合は、線香は立てても構いません。作法はあくまでも「できたら守れた方がいい」という範囲で、重要なのはお祈りする人の気持ちだからです。
- ④線香を3本供える宗派(天台宗・真言宗)
天台宗や真言宗では3本の線香を同時に香炉に立てます。香炉の中で3本の線香が逆三角形になるように自分側に1本、仏壇側に2本の線香を立てます。
3本あげる理由は仏教の基本的な考え方「三帰依」から来ていて、「三宝(仏・法・僧)」を大切にしているからです。他にも「三世(現在・過去・未来)」の全てのものを供養するため、煩悩である「三毒(貪・瞋・癡)」を滅するため、「三業(身・口・意)」を清めるため等の説があります。
(3) 線香をあげる時の注意点
- ①線香には直接火をつけずにローソクから火をうつします。
線香に火をつける時は、直接ライターなどで火をつけてはいけません。正しくは、ろうそくの火を使って、線香の本数に関わらず、まとめて手に持った線香に火をつけます。ろうそくに火が灯っていない時は、まずろうそくに火をつけてから線香に火をつけます。
- ②炎を消す時に、口で吹き消してはいけない。
仏教では人間の口は穢れやすいという考えがあるので、仏様にお供えするものに人間の不浄な息をかけてはいけません。線香の火は必ず手で扇いで消すようにします。他の人も線香をあげる場合は火を消す必要はありません。
故人の宗派がわからないとき
親族や近い関係でない限り、弔問に訪れても故人の宗派がわからない場合が多いのではないでしょうか。宗派によって異なる細かい作法がわからなくても基本的な手順は同じなので、故人の宗派がわからないときは一般的な手順でお参りすれば問題はありません。
大切なのは、手順にこだわることよりも故人を思う気持ちです。深く一礼して目を閉じ、心を込めてお祈りをすれば、仏様にも周囲の人にも悼む気持ちは届くでしょう。
すべてを覚えておくことは無理ですから、ある程度の理解をしておき、後は現場で他の方に聞いたりして行います。分からない場合は基本的な作法で良いと思います。
まとめ
(1) 線香をあげる意味と由来
線香をあげることの意味は、次のようなものです。
- ①故人への供物
- ②故人と対話する。
- ③仏様の道しるべ
- ④仏壇へのお供え
- ⑤自身の身を清める。
大切な人の死を悼む気持ちを届けるために線香をあげるという行為は、これまで習慣の一つとして当たり前のように行っていて、意味や細かい作法について知らなかったという人が多いかもしれません。しかし、線香をあげる意味を知っていれば、今まで以上に厳粛な気持ちでお祈りができるでしょう。
(2) 線香の基本的な上げ方
線香の基本的な上げ方は次のようなものです。
- ①まず仏壇の前に正座し、数珠があれば手にかけ軽く一礼します。
- ②ろうそくに火を灯し、その火で線香を灯して香炉に立てます。
- ③最後にろうそくの火は口で吹き消さずに、手であおいで火を消します。
- ④最後に軽く一礼して終わります。
(3) 宗派による相違
線香の本数は1本から3本までと相違があります。線香は縦に立てるのが基本ですが寝かせてあげる派もあります。
(4) 線香をあげる時の注意点
・線香には直接火をつけずにローソクから火をうつすこと。
・炎を消す時に、口で吹き消してはいけないこと。
などがあります。
(5) 故人の宗派がわからないとき
故人の宗派がわからないときは一般的な手順でお参りすれば問題はありません。大切なのは、手順にこだわることよりも故人を思う気持ちです。
線香をあげる意味と手順についての3つのポイント
(1) 線香をあげるのは故人への供物であり、仏壇のお供えなどです。
線香をあげる意味を理解しておきます。仏壇お供えでは、「灯華香飯」と呼ばれるうちの「香」は線香の意味です。
(2) 線香をあげる基本マナー
線香をあげる基本マナーでは、ろうそくの火は口で吹き消さずに、手であおいで火を消します。口で拭くのはマナー違反です。人の息をだす口は穢れのある部分とされています。
(3) 宗派による相違
線香の本数は1本から3本までと相違があります。線香は縦に立てるのが基本ですが寝かせてあげる派もあります。
線香をあげるのは、自分自身にとっても、身を清める意味があります。線香の香りは清浄な気持ちにさせてくれます。また、俗塵の穢れを清める効果もあるでしょう。お香を立てるのとは異なりますが、癒しの効果もあるのではないでしょうか。
天正年間に御所御用も務めた香司名跡の香りの伝統を受け継ぐ香十