はじめに
自分の死後、財産を家族に遺すだけでなく、社会貢献できるカタチで遺したいと考えている人もいるのではないでしょうか。
その方法として注目されているのが、財産寄付(遺贈寄付)です。どんな準備が必要なのか、相談する場所はあるのか、注意したいポイントも含めて、わかりやすくご説明します。
財産寄付(遺贈寄付)とは
財産寄付とは、一般に、亡くなった後に財産の全部または一部を公益団体などに寄付する方法のことで、「遺贈寄付」ともいわれています。
相続では、法定相続人しか遺産を受け取れないため、NPOなど非営利団体に遺産を渡せません。そこで、遺言などを利用して特定の団体に遺産を寄付する方法が遺贈寄付です。
遺贈寄付が近年注目されるのは?
遺贈寄付が近年注目されるようになった背景には、人生の終わりを想定して準備する「終活」の広がりや社会貢献活動への関心の高まり、未婚者・子どものいない夫婦など財産を託す親族がいない人の増加などが考えられます。
財産の行方を自分で選択したい人が増えている
相続人がいない場合、死亡後の個人財産はすべて国に帰属することになっています。最高裁判所によれば、こうして国庫に入った収入は、2020年度は約600億円。この7年間で約1.8倍に増えています。
70歳以上の高齢者に対する意識調査では、コロナ禍の拡大をきっかけに、「医療従事者や生活困窮者の役に立ちたい」「死について考えたため」など、遺贈寄付に関心を持ったという人が多かったようです。
その検討動機としては、「財産の行方を自分で選択したい」が最多でした。
少額からでもできる人生最期の社会貢献
年間50兆円ともいわれる相続資産のわずかでも寄付に回れば、資金不足に悩む非営利団体や困窮する人を救えることにもつながります。
しかも、生前寄付のように、老後の資金を残しておくために計算する煩雑さはありません。遺贈寄付を決めた後も、財産を手元に残しておけますし、途中で変更することが可能ですから、老後資金の確保についても安心です。
寄付はお金持ちの人がするものというイメージがあるかもしれませんが、少額からでもできる人生最後の社会貢献といえましょう。
遺贈寄付には3つの方法
善意を実際に活かすためには、寄付をする側が生前に適切な手続きを取っておくことが求められます。
遺贈寄付には主に3種類の方法があります。
遺言による寄付
遺言書により財産を寄付します。被相続人の死後、遺言書にのっとり、遺言執行の手続きが行われます。
相続財産の寄付
受け継いだ相続財産の中から相続人が寄付します。被相続人が手紙やエンディングノートなどを通して、遺産を寄付する旨を家族へ伝えることもあります。その場合、故人の思いを受け取った家族が、寄付するか否かを判断します。
信託による寄付
生命保険金や信託財産などを寄付します。
このように方法はさまざまなので、トラブルなくスムーズに遺贈寄付を行うには、自分の状況に適した方法で準備することが大切です。
おすすめできる遺贈寄付先とは?
自分の資産状況を把握したうえで、まずは、情報収集して、寄付先を決めましょう。寄付先が既に決まっているという人は問題ありませんが、まだ決まっていない人もいるのではないでしょうか。
遺贈寄付先としておすすめできるのは、NPOなどの非営利団体と自治体です。
非営利団体の選び方
NPO・NGOや公益財団法人などの団体は、営利目的ではなく、何らかの社会問題を解決するためや地域貢献のために活動しています。
寄付した遺産は、団体の支援活動や事業に活かされます。支援の内容は、子どもや環境保護、途上国への国際協力など各団体によってさまざまです。
重要なのは、自分の人生を振り返りながら、財産をどのように役立てたいか、希望を明確にすることです。
興味はあったけれどこれまで特につながりのなかった団体を寄付先として選ぶ場合、少額の寄付をして、その団体への理解を深めてから、遺贈寄付を検討するとよいでしょう。
寄付をきっかけに団体の活動報告が届くことが多く、活動内容や寄付の使い道を理解するのに役立ちます。また、団体主催のイベントに参加するのもおすすめです。
寄付先に自治体を選ぶ場合
生まれ育った町や思い入れのある土地の自治体を寄付先に選ぶのもおすすめです。自治体に寄付した遺産は、地域経済の活性化や福祉の充実など、地域づくりに使われます。
自治体への遺贈寄付については、各自治体のホームページなどで詳細を確認できます。ホームページに記載がない場合は、直接電話で問い合わせてみてください。
遺言書による遺贈寄付の手続きの流れ
遺言書による遺贈寄付を例に、手続きの流れをご紹介しましょう。
遺言書を作成・保管⇒被相続人逝去の通知および遺言書の開示⇒遺言が執行されて寄付が完了となります。
なお、遺言書の作成方法には決まりがあるため、弁護士や司法書士など遺贈寄付に詳しい専門家の力を借りながら希望内容を正しく伝える遺言書を作成すると安心です。
手続きに不備があると、円滑な寄付が難しくなることもあるので注意してください。
遺贈寄付で注意したい6つのポイント
遺贈寄付で注意したい6つのポイントをまとめました。
遺言書の保管方法
遺贈寄付が無効にならないためには、遺言書は法的な形式に沿って作成するだけでなく、その保管方法も重要です。
公証役場で公証人が作成する公正証書遺言を検討してみましょう。公証役場で預かるため、紛失するリスクがありません。
自筆証書遺言でも、法務局の保管制度を利用することで、形式の不備や紛失のリスクを防ぐことができます。
遺言執行者
遺言の執行を滞りなく進めるために、あらかじめ遺言執行者を決めておきましょう。遺言執行者は、遺言の開示や財産目録の作成、財産の引き渡しや結果報告を通じて、遺言書の内容を実現させてくれます。
遺言執行者は遺言関係による利害関係が生じない中立的な人物が望ましいです。遺言寄付や相続の知識を持つ弁護士や信託銀行に任せることもあります。
遺留分への配慮
遺贈寄付では、どの資産をどのくらいの割合で遺贈するか考えておくことが大切です。法定相続人がいる場合は、遺留分に配慮しましょう。
遺留分とは、法定相続人に最低限保障された遺産の取り分です。法定相続人は、遺留分に不足する金額を受け取る権利を主張できます。
遺留分に配慮せずに遺贈寄付した場合、寄付した団体と相続人の間でトラブルになる可能性があります。不要なトラブルを避けるために、遺留分の金額を想定してから遺贈寄付の額を決めましょう。
家族の了解
まとまった額を遺贈寄付する場合は、家族に自分の考えを説明して了解を得ておくか、遺言書の中に寄付の動機を明記しておくのが賢明です。
事情を知らない家族が「だまされたのではないか」などと、勘ぐるトラブルは絶対に避けるべきです。
特定遺贈と包括遺贈
遺贈寄付では、寄付する財産を「預貯金〇円」など個別に指定する「特定遺贈」と、「全財産の3分の1」という具合に財産のすべてまたは一定割合を贈る「包括遺贈」があります。
包括遺贈の場合、債務も含めて寄付先の団体に受け継がれます。債務が残されている状況を避けるために、包括遺贈を受け付けていない団体が多いので、事前に確認が必要です。
また、現金化に時間や手間のかかる不動産や山林、有価証券を受け付けない団体もあります。
みなし譲渡課税
みなし譲渡課税とは、不動産や株式などに含み益がある場合にかかる税金です。寄付した遺産に含み益があると、財産を相続していなくても法廷相続人に税金を支払う義務が発生します。
相続人にみなし譲渡課税が発生しない方法もありますが、税金に関する専門知識が必要なので、税理士などと相談しながら手続きを進めましょう。
各地に増える財産寄付の窓口
一連の手続きについて説明してきましたが、ハードルが高いと感じたり、やり方に不安を覚えたりする人は少なくないかもしれません。
寄付を検討している団体に直接連絡するのがいいのですが、団体によっては遺贈寄付を受けた経験が乏しく、自分たちだけではアドバイスできないところもあります。
そこで近年、寄付の希望者と受け入れ先を結んで手続きを支援したり、専門家によるアドバイスを手軽に受けられたりする態勢づくりが整えられつつあります。
いくつか窓口をご紹介します。いずれも利用は無料です。
日本財団の「遺贈寄付サポートセンター」
日本財団は、2016年に専門の窓口「遺贈寄付サポートセンター」を設置しました。テレビCMでよく知られるようになり、年間2000件を超える問い合わせが寄せられているといいます。
専門の相談員がいて、遺言書の書き方をはじめ遺贈寄付に関する相談・手続きをサポートします。
「日本より厳しい状況にある海外の人々の役に立ててほしい」という遺志を受けて、寄付金をカンボジアの体育館建設に充てたケースもあるそうです。
遺贈者の思いを現地に伝え続けるために、体育館にはその人の名前が刻まれました。
全国レガシーギフト協会の「いぞう寄付の窓口」
遺贈寄付の推進を目的として、弁護士や税理士らを中心に組織された一般社団法人全国レガシーギフト協会では、相談窓口の設置のほか、遺贈寄付に関する情報提供のポータルサイト「いぞう寄付の窓口」を運営しています。
同団体に加盟している公益法人やNPOが全国規模で相談窓口を開いており、受け入れ先の紹介などを行っています。
レディーフォー「遺贈寄付サポート窓口」
クラウドファンディング事業の会社「READYFOR(レディーフォー)」は、「ひとりひとりの想いをお金の流れに変えて頑張る人に届けたい」をミッションに、2021年から遺贈寄付に関するサポート窓口を設けています。
寄付先の団体の紹介や遺言作成のアドバイスのほか、相続財産からの寄付の相談にものっています。
自治体が取り組む遺贈寄付
自分の育った故郷に恩返ししたい、思い出の土地への気持ちを何かカタチに残したいと、自治体への遺贈寄付を希望する人も増えています。
こうした動きを受けて、各自治体では遺贈寄付を積極的に受け入れる態勢づくりが進んでいます。
というのも、相続税は国税で、地元の人が亡くなっても自治体では遺贈寄付以外に相続財産が入ってくることはないという事情があるのです。
信託を活用して簡単に遺贈寄付ができる仕組みや、自治体が提携した銀行が手続きのお手伝いをするなど、いろいろなサポートが生まれています。いくつか事例を紹介しましょう。
自治体が取り組む遺贈寄付では、遺言代用信託の仕組みを使うので、遺言書が不要なところが特徴です。
奈良県生駒市の取り組み
奈良県生駒市が2019年4月から導入したのは、「ふるさとレガシーギフト」。オリックス銀行と遺贈寄附推進機構が協力して開発した、自治体に遺贈寄付したい人のための仕組みです。
利用者は生前にオリックス銀行にお金を預け、亡くなった際にそれが寄付されます。預けられるのは、100万円単位で2000万円まで。遺言代用信託の仕組みを使うので、遺言は不要です。
相続税や手数料がかからず、生活資金が必要になった場合などには中途解約もできます。教育や福祉、産業振興など6分野から使い道を選びますが、同市では利用者に面談して「思い」を聞いたうえで使い道を決めています。
自治体側は年間約5万円の利用登録料を払うだけで利用できるので、ほかの自治体も導入を検討しているようです。
岐阜県は地元の十六銀行
岐阜県では、地元の地方銀行が同様の仕組みを2019年10月から導入しています。十六銀行が三井住友信託銀行と開発した「じゅうろく遺言代用信託」。
利用者は100万円以上200万円までの額を生前に預けて、亡くなった際に自治体に寄付されます。岐阜県の42市町村、岐阜大学、日本赤十字社岐阜県支部などが提携しています。
千葉市などの遺贈に関する協定
千葉市は2018年12月に千葉銀行と遺贈に関する協定を結びました。同市では、市に遺贈を希望する人がいれば千葉銀行を紹介、銀行は遺言書の作成などについて相談にのりながら手続きを進めます。
初回の相談は無料。同様に、三重県桑名市は県内外の3つの銀行と協定を結んでいます。
まとめ
遺贈寄付は、通常の寄付と異なり、本人が亡くなってから実行されるため、自分の目でその成果を確認することはできません。
だからこそ、信頼できる寄付先をいかにして選ぶか、遺言をきちんと執行してくれる人を見つけられるかがカギになります。情報を幅広く集めて、納得できる寄付先を選んでください。
不動産などを遺贈寄付する際の壁になっている「みなし譲渡課税」など、まだ税制の課題もありますので、各地に増えている遺贈寄付の相談窓口で専門家にアドバイスを受けるのがよいでしょう。